第39話 【状況開始】危うく手遅れになるかと




「もおおおおお!! そりゃおばちゃんだってビビるって! いくら国際色豊かになったからって! 緑髪はそうそう居ないもの!!」


「いやー……すまない。こればっかりはボクの落ち度だ」


『でもエルフバレはしなかったんでしょ? なら良いじゃないっすか。先輩どっちみち目立ちますよ、あり得んほど可愛いですし』


「じゃあ顔ごと隠蔽してもらえば」


「『それは駄目だよっす』」


「なんでよ!! もおおおお!!」



 なんとか無事に買い物を済ませ、おれはフードを目深に被りながら自宅へ逃げ込んだ。

 愛機PCを立ち上げて音声通話ソフトを起動し、同志烏森へとことの顛末を愚痴ったところ……返ってきたのはあっけらかんとした彼の声。

 おれの容姿の露見が危ないところだった点も笑って流していたし、『ならいっそ顔ごと平凡な感じに』という提案には白谷さんと二人して即却下の流れだ。


 おれがこの……非常に目立つ若芽ちゃんの容姿でさんざん悩んでいるというのに、この仕打ちはあまりにもひどいのではないだろうか。



「あー不貞腐れちゃった。どうしよう、ムスッとした顔も凄く可愛いよモリアキ氏」


『ぅえ!? マジっすか……畜生オレも見たかった…………先輩また今度ムスッとして貰えます?』


「理不尽な要求だな!! ……まぁ、仕事がんばれよ」


『まーかせて下さい! 若芽ちゃんのためにも速攻ソッコー終わらせます!』




 昨晩の情報開示の後。

 そのままおれの家に住むことになった白谷ニコラさんとは異なり、烏森かすもりは自宅へと帰ってしまった。

 帰り際はとても名残惜しそうにしていたが……それでもまずは現在抱えている仕事を優先すると決めたらしい。


 なんでも『納期が迫りつつある案件、先に片付けちまいたいんすよ』とのこと。

 締切までまだ若干余裕はあるが、それを巻きで納めてオッケーを貰い、憂い無く『若芽ちゃん』に密着しよう……という企てらしい。


 おれとしては非常に嬉しいのだが……彼のの機会を奪ってしまっているようで、なんだか少しだけいたたまれない。


 ……と、まぁそれは別にいい。神絵師との呼び声高いモリアキのことだ、いい感じに片付けてくれることだろう。べつにそれはいい。問題はこっちだ。




『でもでもですよ。耳はさすがに危ないっすけど、それ以外……髪とか目とかは、少しずつバラしてっても良いと思うんすよ』


「なんで? 白谷さんに頼んで髪とか眼とか色変えてもらって誤魔化すんじゃダメなの?」


『いやー、多分なんすけど……先輩、フェイスカメラ出せます?』


「んん? ちょい待って……………ん、出た……と思う。おお映った」


『おーオッケーっす。白谷さんもこんにちわ、昨夜ぶりっす。バッチリ映ってますね』


「おお……声だけでなく姿も飛ばせるとは。……凄いね、これ」



 画面を覗き込み、そこに映し出されるモリアキの顔を眺め、しきりに感嘆の声を漏らす白谷さん。その様子を微笑ましく感じながらも、おれは肝心なところをまだ聞き出していなかったことに思い至る。

 白谷さんに隠蔽魔法を掛けてもらうことと、回線越しの映像通話。この二つの間に、いったい何の関係があるというのだろうか。



『実験というか、ですね……白谷さん、ちょーっとばかしお願いが。先輩に隠蔽魔法掛けてみて貰えますか? とりあえず髪色変えてみる感じで。割とガチなやつ』


「? …………まぁ、良いけど……ノワの髪色を誤魔化せば良いわけだね? 我は紡ぐメイプライグス……【幻惑ハルツィナシオ】」


「お……おお?? …………掛かった?」


「掛かった掛かった。まぁ幻惑を纏ってる本人は変化無いだろうけど」


『……なるほど、今魔法掛かってるわけっすね。やっぱダメみたいす』


「「えっ!?」」



 魔法を施された張本人であるおれ自身は、誤魔化された自分の容姿を認識できないものの……今は白谷さんの手によって、おれの髪色を変える感じの幻惑魔法が施されているらしい。


 本人いわく『天幻』の称号を誇る白谷さんは、空間魔法と幻想魔法のエキスパートであるという。

 実際、何かしらの魔法が行使された形跡はおれの目にも見えたし、彼女が得意分野の魔法を失敗したということは無いだろう。


 だというのに。幻惑魔法を掛けられたおれを第三者視点から眺めていたモリアキは……どうやら幻惑を看破してしまっている様子。

 彼自身は――人並外れた描画スキルと家事スキルは備わっているものの――ごくごく普通の一般人である。魔法抵抗力や幻想看破の能力が備わっているわけ無いし、白谷さん渾身の幻想魔法の影響を受けないはずがない。


 …………そのはずなのに。



『やっぱ思った通りっす。カメラ通すと幻惑の効果が失われるみたいっすね』


「えっマジで!?」「…………カメラ?」


『多分っすけど白谷さんの幻惑魔法って……先日先輩が使ったボヤけさせるのとは違って、視た人の『視覚』に作用する系の魔法なんでしょう。物事そのままを映し出す電子機器には効果が及ばずを記録され、そしてそれを視る人間は単なる映像データを見るだけ……そこに幻惑魔法の介入する余地は無い、ってことだと思うす』


「……そういうことか、理解した。なるほど、非生物かつ非魔術機構の視覚再現装置か。…………なんてことだ、確かに相性最悪だね。モリアキ氏の指摘通りだよ」


「よく解んないけど要するにカメラがダメなんだな! ……っていっても、別にそんな普段出掛けたり買い物する分には…………あー……そっか、防犯カメラ」


『そう、そうなんすよ。今日日きょうびこの日本ではそこかしこに防犯カメラが睨み利かせてますし、コンビニとかスーパーとかデパートとかだと尚のこと多いです。たとえやましいことが何も無いとはいえ、カメラに映った人物と実際の人物の髪色が違えば……』


「ツッコまれたら釈明のしようが無いよなぁ……魔法を説明せざるを得なくなる」


「……魔法を行使できる、っていう点は……おおやけにしない方が良いわけだ」


『ある意味お尋ね者っすからね、『正義の魔法使い』さんは』


「あっぶね……【陽炎ミルエルジュ】が光学系の魔法で良かった……」




 まずなによりも大前提として……おれが『魔法を使える』ということがバレるわけにはいかない。おれ同様に魔法を使いこなす白谷さんの存在がバレることも、これまた同様。バレないように立ち回らなければならない。


 一方で……この長く尖ったチャーミングな耳さえ隠しきれば、髪色や瞳の色も『ウィッグです!』『カラコンです!』と押し切ることは――ぶっちゃけ多少なりとも怪しまれる恐れは充分にあるし、特に瞳に関しては正直ムリがある気がしなくもないが――いちおう不可能ではないだろう。……多分。


 街中に溢れる監視カメラや、ふとした拍子に向けられるスマホのカメラ等の電子機器を欺くことが出来ない以上、大規模な幻惑魔法での変装は危険を伴う。

 使うにしてもピンポイントで……それこそ監視カメラでは捉えられない程にひっそりと、耳の長さをちょこっと誤魔化す程度ならば、常用しても問題無さそうではある。……まぁ尤も、解像度の高いカメラで撮られたりしたらアウトなのだろうが。




「…………ハードモードすぎね?」


『耳当てとか、もしくは髪型で隠すって手もあるっすよ』


「まぁ、ボクが言えた義理じゃないけど……事前に対策が出来て良かったよ」


「そだなぁ……知らずに魔法で変装してスーパー行ってたら危なかった……超絶お手柄じゃんモリアキ」


『フヘヘヘ。空想解釈読本が役に立って良かったっすよ』


「ご褒美におれの手料理振る舞ったげるから、はやく仕事片付けておいで。今夜はごちそうよ」


『マジすか絶対ぇ行きます』



 とりあえず、取り返しのつかない失敗はしていなかったのでヨシとしよう。

 お料理動画作成のための材料も手に入ったし、今後外出する際の注意事項も確認することができた。


 この作戦会議によって、今後のおれの活躍の幅は大きく拡がったといっても過言ではあるまい。



 ……まぁ、だがそれはまた今度。

 とりあえず今日のところは、だ。



「じゃあ……白谷さん。指導おねがいね」


「任せてくれ。ナイフを握ることは出来ずとも、手順をそらんじるくらいは出来るからね」



 そう。料理動画は料理動画でも、白谷ニコラさん監修・指導によるファンタジー料理なのだ。

 エルフ種を名乗る以上、お料理動画にしてもちょっと一手間加えたいところだ……と思っていたところへの、生粋の異世界住人の協力である。これは心強い。


 単純に視聴者を楽しませるため――そして一人でも多くの人に見て貰い、を楽しみにしてもらうため――なんとしても成功させなければならない。



 そして……料理を楽しみにしてくれているモリアキのためにも。

 絶対におもしろい動画と、おいしい料理をつくってやる。


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