第38話 【状況開始】お買い物事件(大げさ)




 おれの心強い相棒パートナー、フェアリーの白谷さんとの出会いと、それに端を発する衝撃的な出来事を経た……その翌日。


 月曜日ともあって世間は慌ただしい朝を迎え、しかし通勤・通学のピークを少し過ぎた現在。出歩く人も出掛ける人も、この時間帯にはもうほとんど見かけない。

 おれの暮らす浪越なみこ市南区は、それほど人に満ち溢れているわけではない。中央区や栄衛さかえ区や浪駅ローエキのほうは百貨店やらオフィスビルやらが建ち並び、平日の真っ昼間でも多くの人々でごった返しているが……このあたりはどちらかというと住宅地だ。


 人々が会社や学校に流れていった今の時間……開店直後を狙って突撃を仕掛けたスーパーマーケットは、狙い通り買い物客はほとんど見られない。




「えっと……精肉コーナー、精肉コーナー……コロッケうまそうだなぁ」


『………………いや、凄いね。画期的だ』


「んえ? 何が?」


『この店舗だよ。一つの店舗で青果から食肉から穀物から……果ては雑貨まで。およそ食材が何でも揃うんだろう? ……凄いよ、これは』


「何でも……まぁ、そうだね。不自由しない分には選べると思う。……けど…………これ、本当に大丈夫なの?」




 無線接続式bluetoothの片耳ヘッドセット――を目眩ましに、すぐ傍らで姿を消して追従する白谷さん――へ向け、若干声量を落としてヒソヒソと問いかける。

 魂の繋がったおれにしか姿を認識させず、また同様におれにしか聞こえない声で語り掛けながら、自らに隠蔽魔法を掛けたフェアリーの女の子は悠々と周囲を観察している。


 そうこうしている間にも、数少ないおれ以外の買い物客の視線がおれを捉え――独り言をつぶやく不審な子どもかと思ったらヘッドセットで通話中だった、というふうに認識したのだろう――納得した様子で一度は外された視線が再度、今度は驚愕を伴って再び向けられる。


 顔を向けずともをしっかりちゃっかりと把握し、明らかに普通ではない他者の反応に不安を拭いきれず……やたらと自信満々に『大丈夫だよ』を連呼していた白谷さんへ、辛抱たまらず問い掛ける。



『まったく……心配性だね、ノワは。そんな不安げな表情もまた可愛いんだけどね』


「いや割とガチで不安なので……だってほら、後ろのおばちゃんめっちゃ見てるよ? 本当に大丈夫? ちゃんと魔法掛かってる?」


『大丈夫だよ。今はこんなナリだけど、魔法の腕は変わらない。【天幻】の名は伊達じゃないさ。幻想魔法と空間魔法はお手のものだよ』


「いやその『天幻』が何なのかは、おれにはよく解んないけど……じゃああのおばちゃんの反応は何? ちゃんとしてくれたんでしょ?」


『そりゃあだって…………こんな非現実的に可愛い女の子が全く似合わない男物のコート着て買い物してれば』


「どう見ても不審人物だね!! 本当にありがとうございました!! チクショウ服届いてからにすりゃあ良かった!!」


『何いきなり逆ギレしてるのさ。おばちゃんビックリしてるじゃん』






 ―――昨晩。


 結局のところおれは、『この世界を滅亡の危機から救う』という重要任務を引き受けることに決めた。


 まず第一に、この世界が滅ぶとあってはさすがに他人事じゃ居られないこと。

 第二に、対処できる手段を持つ人物が(おそらく)おれしか居ないということ。

 そして第三に……この身体の本能若芽ちゃんの設定が、どうやら極めて積極的だということ。


 以上の理由に突き動かされ、おれは世界救済のために動くことを決めた。かといって具体的にどうすれば良いのか、正直いまいちピンと来なかったのだが……そんなおれの葛藤はしかし、白谷さんの一声でキレイさっぱり霧消することとなった。



『ノワの仕事は『人々を楽しませること』なんだろう? ならを続け、もっと研鑽してくれれば、とりあえずそれで良い。……勿論、ボクも手伝おう。そのためにボクは存在するんだからね』



 何でも……くだんの『種』が発芽する切っ掛けとなるのは、それこそ自らを殺し得るほどの『絶望』の感情。

 それを纏った人間に、別位相に姿を隠した『種』が接触することで発芽し、その宿主を喰い荒らし始める。


 その『発芽した種』をどうにかするのも当然なのだが……つまりは、人々に深い絶望の感情を抱かせなければ良い。生きていることの楽しみを見つけさせ、ほんの小さな期待を抱かせ、来週を楽しみに生を繋ぐ気を沸かせれば良い。……ということらしい。



 要するに…………おれが動画配信者キャスターとして人々を楽しませれば楽しませるほど、『種』の発芽条件である『絶望』は鳴りを潜めるはずであり――仮に『種』が発芽したとしても、その生育規模はたかが知れており――つまりは『種』の被害も減らせるはずだという。


 たとえおれが非常識な魔力を備えていて、『種』によって狂わされた者を打倒しうる力を持っているとしても……危険は避けるに越したことはないし、余計な労力を費やさずに済むならそれがいい。



 そんなこんなで、おれはこの世界を救うためにも、次なる動画を作らなければならないのだ。






「次なる動画……それは他でもない。お料理動画だ!」


『…………いや、いきなりどうしたのさ? 現実逃避?』


「ちがうよ。状況確認だよ。……あと他に要るものある?」


『んー……ウサギ肉はトリ肉で代用するとして……『リズの種』って聞いたことある?』


「えっ、無い。……種食べるの? アーモンドとかそういう感じ?」


『食べるというよりは、下ごしらえかな。細かく挽いて肉にすり込むんだ。ウサギ肉は処理が下手だと臭みが出易いからね……挽いたリズの風味で誤魔化すというか。別に無くても良いんだけど、ピリッと痺れるような刺激がまたクセになるんだ』


「あーー…………黒胡椒かな? 確かウチにあったような……いいやミルつきの買っちゃえ」



 白谷さんからもたらされた情報をもとにアタリをつけ、黒胡椒の実が詰まった小瓶をカゴに放り込む。キャップ部分に小型の挽臼ミルが備わったこれならば、黒胡椒の風味を存分に楽しめる上……ガリガリやればなんというか、動画映えしそうである。


 ともあれ、これで材料は一通り揃ったらしい。オマケに紙パックのいちごオレを二つとコロッケ二つをカゴに投げ込み、鼻唄を響かせながらレジへと向かう。

 来客の少ないこの時間、レジはどうやらひとつしか稼働しておらず、その唯一のレジを任されているおばちゃんは…………あっれ、何故かこちらをガン見していますね。



「ねぇ、白谷さん……本っっ当に効いてるんだよね? おれ変じゃないよね?」


『それは勿論。どこからどう見ても人族ヒトの美少女にしか見えないよ』


「本当の本当? おかしいとこ無い?」


『本当本当。ちゃーんとも掛かっているし、耳だって……まぁ触れられれば気付くだろうけど、眺める分には人族ヒトそのものだ。どこからどう見ても人族ヒトの女の子……が印象的な美少女』


「それだァ――――――――――!!!!」




 どうやら……白谷ニコラさんの世界には、緑髪翠眼は珍しく無かったらしい。

 『他人に見られて変じゃないように、この長い耳とか隠して……エルフってバレないようにしたい』というおれの願いを聞き届け、エルフ隠しの魔法を掛けてくれた白谷さん。


 この国ではほとんどの人々が黒髪黒眼であり、そも外国であっても緑髪はほぼ存在しない、ということを知らなかった白谷ニコラさんにとっては……おれの髪色と瞳の色は、別に隠す程なものでは無いという認識だったらしい。




 気づいたときには、とき既に遅し。


 何事も確認と、認識の共有は重要であると……おれは改めて実感したのだった。




 レジのおばちゃんに話し掛けられたときは『かつらです』って言い張って突破した。恥ずかしい。

 もう顔真っ赤だよ。おばちゃんが何か暖かい視線で見てた。めっちゃ恥ずかしい。



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