第37話 【事態究明】目を瞑れるわけがない
異界からの来訪者ニコラさんと、
それは――奇しくも最初にモリアキに言われた通り――
あの日、あのとき。ニコラさん曰くの『魔王』が、世界の壁を抉じ開けて
『魔王』による次元跳躍の副作用によって一帯の電場や磁場が荒れ狂い、恐らくはそれによって命よりも大切な
おれは……いや、以前の
絶望の淵に佇む俺の、心のそこからの強い願いに反応し……『種』はその本能に従って、俺の身体を
俺の身体の存在
俺が思い描いていた『木乃若芽ちゃん』を、俺の身体の代わりに具現化させるために。
だが……ここで『種』にとっては想定外だったであろう事態、ニコラさんやおれ達にとっては予想外の幸運が生じる。
寄生されれば異能の行使と共に身体は蝕まれ、人間性を喪失するという『種』……しかしそれ
根を張り寄生していた人間の願いのままに、新たに作り出された身体の
結果として、『種』に寄生された
…………ということらしい。
「ボクの居た世界でも、あの『種』に頼らず
「…………つまりは今後も先輩が魔法を使っても、先輩の身に何か良くないことは起こらない……ってことっすよね?」
「あくまで仮説の域を出ないけど、ね。まぁでも……これまで何ともなかったなら、この仮説も信憑性が高いと思う。……大丈夫だと思うよ」
「良かっ、た…………良かったっすね先輩! …………先輩?」
「あ? ……あぁ、ごめん。……そうだな」
「先輩……? ……パンツのサイズやっぱり合いませんでした?」
「あぁ…………そうだな」
「………………若芽ちゃんの
「…………そうだな」
「………………」
おれの身体がこうなった理屈は、なんとなく理解できた。
おれの身から『種』の脅威が取り除かれていることも、なんとなく理解できた。
勿論、『木乃若芽ちゃん』はおれにとって……非常に大切な
……だが。
元に戻れる可能性が完全に潰えた、という事実を突きつけられて…………それにここまで打ちひしがれるとは、正直思ってもみなかった。
「おれは……『若芽ちゃん』になる前の
「っ、…………先輩」
「……そうだね。何を
「……そっか。はは……死んじゃったか」
「…………」「先輩……」
「いや……確かに死のうとは思ってたけどさ? 実際にもう、前みたい、には……戻れなくっ、なった……って……っ、思っちゃっ、たら…………さ」
柄にもなく言葉を詰まらせ、情けなくも視界が滲み、目尻が熱を帯び始める。
暗いものに覆われそうになってきた、人間年齢換算ではまだまだ幼い女の子となってしまったおれの心は……その歪な出生を認識したことで、無様に軋みを上げようとする。
恐怖に、混乱に、不安に……良くない感情に今にも塗りつぶされそうな、おれの心。
ふと唐突に……そこに暖かな光が射したように感じた。
「…………え?」
「……すまない、ノワ」
声のする方へと視線を向け、滲む視界を手で拭うと……虹色の燐光を散らす小さな少女が、おれの胸元にすり寄っていた。
彼女が何かしらの……精神を落ち着ける魔法を使っているのかは解らないが、冷たく凍えきったおれの心がじわじわと暖められていくような、そんな不思議な――けれど決して不快ではない――なんとも言いがたいこそばゆい感覚が広がっていく。
「今のボクでは……キミを慰めることも、抱き締めることも出来ない。キミの心を満たすことも、安らぎを与えることも……今のボクには満足に出来ないかもしれない。……でも」
ひらりと舞い上がり、おれの目の前に。視線の高さを合わせ。
手のひらサイズの『元・勇者』は、びっくりするほど優しげに微笑んだ。
「あの『魔王』を捕り逃し、この世界を巻き込んだ者の責任として。キミを悲しませた者の責任として。……ボクの全てをキミに捧げよう」
「…………………ふぁ!?」
「ボクはこれより……キミの絶対の味方となろう。キミの望みとあらば、何だってこなしてみせよう。キミがボクに『死ね』と望むならば……全てが終わった暁には、キミの望むままに喜んで命を絶とう。…………だから」
見るもの全てを包み込むような、優しげな視線から一転。
幼げな表情を引き締め、愛らしくも深刻な顔で……彼女は懇願する。
「頼む、ノワ。顔を上げて……前を向いて。……そして……情けないボクに、どうかキミの力を貸してくれ。この世界に、この国に、
「
「今このとき。この世界において。……あの『種』に抗えるのは……恐らく、キミだけだ」
女の子になったかと思えば……今度はいきなり『世界を救え』などと。ファンタジー小説のほうが、幾分か解りやすい展開だろう。以前のおれであったなら、一も二もなくお引き取り願っていただろう。
だが、
数多の人々の不幸を、危機を、悲劇を、黙って見ていることなんて出来やしない。
……やるしかない。
おれにしか出来ないというのなら、おれがやるしかない。
「……やるよ。おれにできることなら」
「………………ありがとう」
非常識きわまりないダブルワークが、人知れず決定した瞬間だった。
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