第33話 【事態究明】かわいいお客さん
―――ボクの根底に繋がるチカラが……あからさまに儚く、弱々しいものへ変わった。
―――まさか
―――何故今になって……いや、今は理由などどうでも良い。
―――今はただ……急がねばならない。
―――
―――心命を賭して……守らねばならない。
―――護らねば。恩を返さねば。
―――今度はボクが……心優しき
―――
―――愚かな我らの二の轍を……絶対に踏ませやしない。
…………………………
…………………………
配信画面に映し出される、ファンタジックで可愛らしいアイキャッチ……『本日の放送は終了しました』『またみてね!』と記された
「あ゛あ゛――――――――!!!!」
おれは仰向け大の字に、火照りきって汗だくとなった身体を投げ出した。
精も根も尽き果てた。もう動けない。配信終了まで二本の足で立っていたのがまさに奇跡。
途中何度かへたり込んだり倒れ込んだりした気もするけど、エンディングはちゃんと二本足でやってのけたから問題ない。若芽ちゃんの
それほどまでにボロッボロだったということなのだが、取り返しのつかない大失敗を犯すようなヘマはしなかった。とりあえずなんとか無事に終えることが出来たので、それだけで良しとする。
終わりよければ全てヨシ、なんて良い言葉なんだ。
「お疲れ様っす、先輩。……溶けてますね」
「も――――だめだァ――――――」
「いやホント……よく頑張ったと思いますよ、マジで……」
「ア゛――――――――――」
「はよ生き返ってください。十秒チャージいります?」
「い゛る゛――――――――――」
床にぐでーっと伸びたおれの醜態に苦笑を浮かべつつも、疲れた身体に良さそうなエネルギーゼリーを差し出してくれた。
おれの身体はまさに今カロリーを欲しているハズであり、しかしながら咀嚼および嚥下するための体力さえ使い果たした今となっては、じゅるじゅると
それに何より……起き上がる必要がない。寝そべったままでもこぼさずに飲めるというのが、とても良い。
「本っ当『疲れ果てた』って感じっすね……」
「……………………」
「あっダメだ。死んでる。……死にながら
「…………………………」
「返事する余力も無い、って感じっすね……パンツ見ちゃいますよ? 脚閉じて下さい、はしたない……」
冷たい床に大の字で横たわり、喉と頬の筋肉だけを動かして流動食を摂取する。耳から入ってくる信号を頑なにスルーし続けたせいで、モリアキが浮かべる表情が『苦笑』から『呆れ』に変わったような気がするが、だって動けないんだから仕方ない。そもそもおれがこんな目に遭っている直接的な原因は彼なので、本来ならば彼は文句を言える立場ではないのだ。
いや、でも、まぁ……実際のところ、配信が大成功に終わったのも彼のおかげではあるので……だからといっておれがワガママを言える立場じゃないっていうのも、よくよく理解しているつもりだ。
……難しい。
恨み言をぶつけるべきなのか、それとも感謝の意を表すべきなのか。
「あ…………だめ。これは寝る。このまま寝落ちするやつだこれ」
「ちょちょちょい、風邪引いちゃいますって。ちゃんとお風呂入って着替えて歯ぁ磨いてオフトンに行きなさい」
「やぁだぁ……もうつかれたぁ……わたしもぉうごけないのぉ……もぉらめらのぉぉ」
「
「おかぁ――――さぁ―――んお風呂いれてェ―――――」
「自分で入りなさい!! あとお母さんじゃありません!!!」
いや……やはり感謝せずには居られない。彼にはしっかりとはっきりと、礼を述べておくべきだろう。
今日の配信が大成功を収める切っ掛けを作ってくれたのが彼ならば、配信をやろうと思った理由でもある『歌ってみた』動画の
いやいや、それだけじゃない。そもそもおれが
「…………ごめん、モリアキ」
「え? どうしたんすか唐突に。お漏らしっすか?」
「するぞ? 今のおれならすぐに出るぞ?」
「馬鹿言ってないでおトイレ行きなさい早く! 言い出したのオレっすけど!」
こんな馬鹿話が出来る相手だって、今となってはもはや彼しか居ないだろう。
若芽ちゃんのことをよく知る、それこそ『親』と呼べる立場の人間は彼以外に存在せず、ましてや
……そんな、かけがえのない恩義を抱く彼に対して……ほんの冗談だったとはいえ『恨み』をぶつけようだなどと。
まったく。お
「ほんとごめんな……色々と」
「…………先輩」
肘をつっぱってゆっくりと上体を起こし、ぺたんと床に座り込む。……本当なら立ち上がって頭を下げるべきなのだろうが、恥ずかしながらまだ下半身が言うことを聞きそうにない。
顔をしかめたおれの内心を読んだわけでは無いだろうが……みっともなく座り込んだおれに目線を会わせるように、彼はわざわざ腰を落としてみせる。
やれやれとでも言いたげな、苦笑気味に口角の上がった表情から察するに……柄にもなくショゲて見えるおれを見かねて、この期に及んでおれを慰めようとしてくれてるのだろう。
……本当にいいやつだ、こいつは。
風呂上がり自撮りの一件じゃないが……やはり彼には、
声には出さずとも、おれの考えていることが何となく想像できてしまったのだろうか。
彼の表情も珍しく真剣なものとなっていき……真顔で見つめ合ったまま、気まずい沈黙が周囲に積もっていく。
「………な、なぁ、モリアキ」
「な…………何、すか? 先輩」
…………いや、待て。
おかしい。明らかにおかしい。
何故突然こんなことを考えるようになったのか、正直なところよく解らない。普段のおれの思考パターンとは明らかに異なる思考である、という認識はあるのだが……それを違和感と認識することが出来ず、明後日の方向に加速していく思考を宥めることが出来ない。
もしかしなくても、また
このままでは……ほんのひと欠片残された『冷静なおれ』さえもが、暴走し濁流のように押し寄せる若芽ちゃんの思考に流されてしまいかねない。
「………………」
「………………」
「お邪魔だった……かな?」
「「ウワァァァァァァ!?!!?」」
「お、おぉ…………元気そうだね?」
危ういところで一線を越えるところだった、謎な雰囲気に支配されていた
いつの間にかおれとモリアキの間に佇んでいた闖入者の茶々入れにより、なんとか全年齢の域を保つことが出来た。
「やっと……やっと会えた。……キミが……ボクの」
「え? え? えっ? えっ!?」
「いや、あの、ちょっ、これ」
目を見開いたおれたち二人が揃って凝視する、そいつ。
思わず悲鳴を堪えきれなかった、存在するはずの無かった第三者。
困ったような……しかしどこか『ほっ』としたような表情を浮かべる……どう見ても
一目見ただけでもすぐさま判る、人間離れした容姿をもつ彼女。
その佇まいを一言で言い表すならば…………『妖精』だった。
ちなみに二言、いや三言で言い表すのならば……『とてもかわいい妖精』、だった。
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