第34話 【事態究明】かわいい亡命者



 配信や動画内の進行をスムーズに行うため。

 あるいは『ファンタジーな世界の出身』であるということを、より解り易く表現するため。

 あるいは……見目麗しい少女二人の尊いてぇてぇ掛けジャレ合いを、存分に堪能していただくため。


 等々、理由こそいろいろと繕っていたものの……ボツとまでは行かずとも結局保留となってしまった、とある『若芽ちゃん』の設定が存在する。

 ボツ……もとい、保留の理由こそ幾つかあったが、要するに『おれ一人のキャパシティでは到底有効活用しきれない』という点に集約されていたわけだ。


 同胞でありこの計画の同志でもある彼はに立候補してくれていたのだが……いくらなんでも際限無くさせることなんて出来やしない。

 それこそ『若芽ちゃん』の活動が軌道に乗り、収益化の目処が立ち、多忙を極める自営業の某人気神絵師イラストレーター氏を雇うにあたって正当な報酬を支払えるようになるまでは『お預け』だろうと……おれはそのを封印していた。



 看板娘である『若芽ちゃん』と出身を近しくし、同様に幅広い知識と魔法の技術を使いこなし、愛らしい声と姿を備えるお手伝いアシスタント


 穢れなき新雪のような白銀の髪と、澄み渡る空のような天色の瞳を持ち、その背には薄っすらと虹色に輝く四枚のはねをもつ、手のひらサイズの高位魔法種族……フェアリー種の女の子。


 採用自体の保留により性格設定はまだだったが……そんな『ファンタジー』を絵に描いたような、おれにとっては非常に見覚えのある彼女の……そのお名前は。




「し、…………『白谷しらたに、さん』……?」


「…………うん。そういう名だと認識しているよ。、かな? ボクの『恩人』」


「ちょ、ちょ、ちょ、あの、あの、あの、…………マジっすか」




 ―――アシスタント妖精『白谷さん』。

 運用コンセプトや採用を保留した経緯は先述の通りの、しかしながらおれが、このおれ若芽ちゃんの頼れる相棒役。



「やっぱり生命力を消耗……衰弱しているようだね。それも相当。……よし、ちょっと待ってて。『我は紡ぐメイプライグス……【回復・特レザリシュオ】』」


「……? お……おお…………おおおおお!?」


「ん……もう平気そうだね。安心すると良い。ボクが来たからには……もう大丈夫だよ」


「おぉ…………」




 おれが初めて遭遇した、仲間と言える『魔法使い』であり……


 から来た……恐らく世界で最初に確認された、生粋の幻想ファンタジー的存在だった。






…………………………





「………………え? 遊戯ゲームってその、つまり……娯楽というか、仲間内で楽しむやつ、っていうか……その遊戯ゲーム?」


「えっと…………はい……」


「つまりその…………その遊戯ゲームに夢中になった挙句、生命力が危険域デッドリーに達するまでのめり込んだ、と」


「う、ぐ………………はい」


「端的に聞くとめっちゃアホっすよね」


「だって誰も止めてくれなかったじゃん!!」



 施された特級の回復魔法により、幸いにして体力と気力が満たされたおれの身体は……生命の危機を脱したということなのだろうか、先程のような暴走桃色思考は跡形もなく消え去っていた。

 思考力を取り戻した頭で落ち着いて考えてみれば、先の暴走はどうやら『危機から救ってくれた相手に対して惚れっぽチョロくなる』という……オトメチックかつポンコッツな設定が悪い方向に働いたということらしい。なるほど呪いだ。ていうかあれ生命の危機だったのかよ。


 歩けるほどに回復したおれを含めた三人は、安らぎとはほど遠い収録スタジオリビングダイニングを後にし、扉一枚隔てたおれの私室へと場所を移していた。

 ……色々と話したいこともあるし、聞きたいこともあるし。腰を落ち着けて話せる場所に移っておきたかったのだ。



「……まぁ、でも……だからこそ、『君の命が危機に瀕していた』からこそ、僕は君の場所を知ることが出来たわけだ。……その点には、感謝しないといけないのかもしれないね」


「あの、ひとつ良いっすか? えっと…………白谷、さん?」


「ははっ。……呼びにくいかな? ではよく有る人名……というか姓、という認識なのだけど?」


「えっと……ご、ゴメン……そもそも仮称だったっていうか…………になるならもっと可愛い名前にすべきだったっていうか……」


「そうなんすよね…………まあ良いや、そこは取り敢えず置いといて」



 そこで一旦言葉を切り、それどころか姿勢を直し、改まった様子でモリアキは切り出す。

 他ならぬおれ自身も気になっていた、そのことに関して。正座したおれたち二人の前で悠然と脚を組み、虹色の燐光を振り撒きながらふわふわと漂う、どこからどう見ても幻想的きわまりない彼女に対して。



「……実際のところ、先輩とはどういうご関係なんすか? 相当気に掛けてくれてるみたいっすけど……」


「ははっ。……大したことじゃないよ。ただの命の恩人……いや『存在』の恩人、ってところかな?」


「「…………えっ?」」


「おや……忘れてしまったのかな? ……ひどいなぁ、をシた相手を忘れてしまうなんて……」


「「えっ!!?!?」」



 神秘的で幻想的な佇まいのまま、いたずらっぽく笑う彼女は……やはり非常に可愛らしく、愛らしい。

 そんな彼女とをシたというのなら絶対に忘れるハズがないと思うのだが、しかしながらそういうコトをシた記憶はやっぱりどう頑張っても浮かんでこない。

 畜生なんてこった、どうしてそんな素晴らしい記憶がおれには無いんだ。いったい何があったんだ!!



「いやぁ、からかい甲斐がある子だねぇ」


「からかってたの!!? ひどい!!」


「ははっ。ごめんごめん。君があまりにも可愛いものだから……つい、ね」


(お前のほうが可愛いよ!!)


(ぶっちゃけどっちもクソ可愛いんすよ!!)


「悪かった。悪かったって。そうだね、今さらだけど自己紹介といこう。……尤も、今のボクは『白谷さん』以上の何者でもないからね。のボクの……いわば、ってところかな?」




 内心のおれの葛藤と慟哭を、朗らかな笑みで笑い飛ばし。

 しかし直後……小さな顔をほんの少し物憂げに染め。


 幻想世界の住人、おれの附帯設定に引き摺られフェアリー種の女の子と化してしまったその子は……その信じがたい経緯を口にした。




「ボクは……特第三種『勇者』。所属はベルノラーク特歩第一分科、出身はネルヴァロー、年齢は二十と四、性別は男。賜りし識別呼称タグは、【天幻】……【天幻】のニコラ・ニューポート。それが、ボクの名前……


「勇、っ……!?」「へぁ!?」


「ははっ。まぁ尤も……そんな名を名乗っていた人々も、国も、世界さえも…………既に存在しないんだけどね」


「「…………は?」」





 おれたちには現実味の無さすぎる話、幻想世界からやって来たという『元・勇者』。


 彼からもたらされた情報は……神秘が消え失せて久しい世界の住人たるおれたち二人にとって、にわかには受け入れがたいものだった。



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