第31話 【御礼配信】よーく見ておけ!!
まるで自分のモノでは無くなったかのように、自分の身体が思い通りに動かせない。
全身が悲鳴を上げているのに、周囲の声はそんなことを微塵も配慮してくれやしない。
「ごべっ、……ごめ、ご……ごめ……なさっ、あっ、も………ちょ、待っ」
息も絶え絶えに謝罪を口にし、慈悲にすがろうとするおれに向けられるのは……一欠片の憐憫と、数多の嘲笑。
この『生き地獄』から逃れる手段を……今のおれは、持ち合わせていなかった。
幼げな容姿に反して、数多の魔法を自由自在に操る魔法使い。
この世界においては存在そのものが極めて珍しい、エルフ族の女の子。
心優しく、知的で、負けず嫌い。魔法放送局『のわめでぃあ』の運営を一手に手掛ける、遣り手の
……などなど、いわゆる『長所』に分類される設定だけではなく……これらの他に勿論『短所』とされる設定も、
というのも……創作活動における登場人物の作成において、欠点と言える欠点のひとつもない長所だらけのキャラクターなんていうものは、おれ(と
確かに、非の打ち所の無いキャラクターを作るのは……強靭で無敵で最強なキャラクターを活躍させるのは、とても気持ちが良いだろう。
一切のストレス無く物語を進行させ、何らかのトラブルに見舞われようとも危機的状況に陥ることが一切無く、数十行に渡って程羅列された
最強キャラクターは国家や世界の思惑に左右されずに、ただ自分の判断基準に則り、取り巻きを引き連れ自由気ままに冒険の旅を続ける。
全くのノーストレス、痛快極まりないそんな物語が好きだという層も……そりゃあ存在して然るべきだろう。
……だが。
そんな『無敵』ともいえるキャラクターは、物語を展開させていく上で
どんな問題が起ころうとも、どんな危機が迫ろうとも、無敵キャラクターが危機的状況に陥ることはあり得ないのだろう。
であれば、そこに無敵キャラクターを心配する余地など生じるハズもなく……『この先どうなるんだろう?』『どうなってしまうんだろう?』といったドキドキとかワクワク感も、鳴りを潜めてしまうことだろう(※個人的な意見です)。
勿論、圧倒的な実力差で完膚なきまでに勝利することは……大きな爽快感を与えるという意味では、決して間違いではない。
しかしながら、弱点の存在しない無敵キャラクターともなってしまうと……どんな強敵が現れても『敵が出てきた時点で勝敗が決してしまう』状態となりかねない。
勝つか負けるかのドキドキハラハラが楽しめないというのは……それは作品としては、非常に勿体無いことだと思う(※個人的な意見です)。
……ちょっと話が迷走したが……要するに、キャラクターを作るときには『強み』は勿論として『弱点』もきちんと設定すべきだと、おれ(と
それは勿論、この『木乃若芽ちゃん』においても同様。先述のように『魔法』と『知識』と『技量』等々を『強み』としてステータスを割り振った反面、それ以外の
ええ、まぁ、つまり……もうお解りだろう。
木乃若芽ちゃん、もとい
「待、まっ……あっ……ま、だ、だめ、これ……ちょっ、と……待っ……」
国内最大手メーカー謹製の最新鋭ゲーム機は、複数備えた高精度センサーにより、使用者の身体機能を容赦無く算定する。
かつてのおれが調子づいて加えた設定の通り……
運動が苦手で、魔法を併用しない身体能力は、見たままの幼い女の子相応。
しかしながら負けず嫌いで自身の弱点を認めようとせず、ひとたび煽られれば売り言葉に買い言葉で、どんどんドツボにハマっていく。
設定を練り込んでいた当時は『そんなポンコツっぷりもまた可愛いだろう』と、どちらかといえばノリノリで弱点をあれこれ付与していたが……
「あ゛ッ!!? 待って! 痛い痛いふともも痛いまって! 待って痛いおまた痛いおまた……えっガード? あっ出来てない!? ちょっ、あっ! 待って!! あっ……」
カメラの前で腿上げ運動を続けるおれの動きを、脚に取り付けたコントローラーの加速度センサーがしっかりと読み取り、ゲーム画面の中のキャラクターがぎこちない動きでステージを駆け抜けていく。
この時点での所要時間は、既に平均タイムの倍近く掛かっているらしい。風前の灯である
待ち構えていた敵キャラクターの攻撃に対し、プレイヤーは適切な動作を行うことで切り抜けることが出来るのだが……ひ弱な女の子そのものと成り果てたおれの筋力では、その動作さえ行うことが出来ない。
延々続いた腿上げ運動によって乳酸漬けとなっていたおれの筋肉は、今や鉛に入れ換えられたかのように重く、固い。
「……はっ、……はっ、……はっ、…………これ、難易度……高すぎくない……? 無理じゃない? …………難易度下げていい? わたし十歳ぞ……女の子ぞ……」
見事に敗退したリザルト画面を睨み付けながら、フルマラソンを走りきったかのような満身創痍の汗だくで訴える。
喉を鳴らしてスポーツドリンクを盛大に流し込み、この(勿論悪い意味で)一方的過ぎる惨状を見ていただろう視聴者に判断を委ねるが……ひたすらに
おれの訴えは聞き入れられることは無く、引き続き三十代男性向けのトレーニングメニューを味わう羽目になった。
だが……比喩じゃなく生きるか死ぬかの瀬戸際を味わっているおれとは異なり、視聴者にとってみれば良い
何しろ――中身は一旦置いておくとして――演者は三十代男性ではなく、見た目十歳そこらの美少女エルフなのだ。
実際として……過酷な運動によって紅潮した肌と滲み出る汗、身体の動きに伴いなびく長い髪は、見ようによってはなかなかに……こう、クるものがあるのでは無いだろうか。
それに加えて、今の服装だ。ジャージや体操服のような運動に適した服装ではなく、相変わらず魔法使いふうのローブを着たまま。汗を吸えば肌に纏わりつき重苦しいし、脚を上げれば捲り上がってしまう。
さすがにパンツが見えるような事態には(多分)なっていないが、側面に入ったスリットのお陰もあり、ぶっちゃけなかなか際どい位置までチラチラしてる気がする。
白熱するコメント欄を拡張された意識の端で確認し、予想以上の効果にひっそりとほくそ笑みながら……さも気づいていない風を装ったまま『健全なサービス』を提供し続ける。
ゲームプレイの技術で沸かせることができない以上、こういう姑息な手段で満足度を高めるしかない。クソザコである以上は仕方ないのだ。
おれの涙ぐましい頑張りによって、視聴者に喜んで貰うという目的はどうやら達せられているようだが、さすがにそろそろ許してほしい。このままではおれの身体が持たない。ぶっちゃけ既になかなかヤバい。
「ちくしょう! やっ……て、やろうじゃ……ないですか、ええ……! もう一回……つぎこそは、クリアして……見せ、ます、とも……っ!」
産まれたての小鹿のようにプルプル震える下半身に鞭打ち、水分補給を済ませて流れる汗をタオルで拭う。
前半のアカペラ披露のお陰もあり、大してプレイ出来ていないにもかかわらず既に結構良い時間である。そろそろ締めに向かうべきだろう。
……逆に言えば、配信まるまる一本分はどう足掻いても体力が持たないことを証明してしまったわけだ。さすがに悲しくなるな。
負荷設定を
ソフトと専用コントローラーをダッシュで調達して
「も
このままでは引き下がれない。何としてもこいつを倒し、めでたしめでたしで配信を終えるのだ。
おれは呼吸を整え、気力を充填して、気合いも新たに勝負に臨む。
一つめのマップの第二ステージ……チュートリアルを兼ねた導入ステージの次の、序盤中の序盤ステージへと。
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