第30話 【御礼配信】この身体の実力を
「
日曜日の夜九時。殆どの人々が休日の終わりを嘆き、また翌日から始まる一週間を憂いている時間帯。
配信者にとってのゴールデンタイムである二十一時に、第二回目の配信をぶち当てる。
第一回目のお披露目配信、ならびについ今朝方投稿した演奏動画の恩恵だろうか。配信開始時刻前から、なかなかの人数が配信ページで待機していてくれた。
まだまだ二回目、吹けば飛ぶような弱小
楽しみに、してくれていたのだ。
おれの……若芽ちゃんの、配信を。
「まずですね、ご存知のかたも居られるかもしれませんが…………今朝ですね! じつは動画をひとつ投稿しています! 『歌ってみた』動画ですね!」
この
……ので、まずはお礼。
見てくれて、聞いてくれてありがとう。
そして……わたしに興味を持ってくれて、ありがとう。
「演奏もお歌も、わたし一人で頑張りました! 既に再生数が初めての領域でドキドキしてるんですが……見たよー聞いたよー、っていう
アクションが一方通行になりがちな動画投稿とは異なり、視聴者に来て貰っての配信ではリアルタイムでコメントが寄せられる。
視聴者の方々の反応が……興味が、喜びが、関心が、好意が、ダイレクトに伝わってくる。
生み出した創作物を褒めてもらって、うれしくないわけがない。
喜んでもらえて……嬉しくないはずがない。
「あんまり難しいのは……その、弾けるかどうかわかりませんが……もしリクエストとかありましたら、
リアルタイムでウィンドウに反映され流れていく、この配信を見てくれている視聴者からのコメントの数々。その中には件の『歌ってみた』を既に視聴してくれていた人たちのコメントも少なく無く……おれの歌声を褒めてくれる人の声も、ちらほらと見ることが出来た。
嬉しい。嬉しい。……めっちゃ嬉しい。
動画を褒めてもらえた。ギターすごいって褒めてもらえた。歌声が好きだと言ってもらえた。
嬉しい。……とても、嬉しい。
「お礼に一曲、とかも思ったのですが……あの、正直とくに決めてなかったので、音源がですね……その…………無くて、ですね? だから……またのお楽しみってこウェッ!? アカペラ!? えっ、ちょ……でも…………そんなに、聴きたい、です……か? あの、今日は輪っかのやつやる予定が……」
口調と表情は完璧に『困惑』を表現していながら、一方おれの本心は極めて冷静だ。少々台本から逸れたことは間違いない が、この事態は
確かに
コメントにも歌声の披露を後押しする声が、多く流れてきている。歌うことを望まれているというのは非常にありがたいし、正直なところ非常に嬉しくもある。
視聴者との距離が近いことをアピールするためにも……やってみるのは、充分にアリだと思う。
「…………わかりました。一曲だけですよ? 無難に民謡いきますね。……今日はリクエストは無しです。もしリクエストがあるならさっき言ったようにですね、メッセージでお願いします。……こほん」
わざとらしく咳払いをひとつ。BGMのボリュームを落とし、音声をマイク入力のみに切り替える。
まぶたを閉じて深呼吸し、心を落ち着ける(ように見せる)。……実際のところは言うほど緊張していない。それほどまでに、この身体の歌唱能力と音感と肺活量と記憶力はずば抜けているのだ。
その能力を見せつける絶好の機会である。正直いって……楽しみで楽しみで、どきどきが止まらない。
「それでは。僭越ながら、皆さんのお耳を拝借します。……聞いてください。『
無音となった配信ページで、のびのびと澄んだ歌声が流れ始める。
歌声を紡ぐと共にまぶたを閉じ、手を軽く握り合わせて胸に当て……見ようによっては『祈り』のようにも見えることだろう。
細かな表情、まぶたや唇の形、指の一本一本に至るまでの挙動を表現できるのは……怪我の功名ではあるが、
歌う曲目として選んだのは、世界中で親しまれている讃美歌のひとつ。小学校や中学校の音楽科で履修することも多く、テレビ番組やコマーシャル等でも度々用いられる名曲であり……知名度はかなり高いだろう。
敬虔な教徒である牧師が、若き日の自身の行いに対する悔恨と、自身を死の危機から救ってくれた神に対する深い感謝を込めた、世界中で愛されている歌。
ゆるやかでのびのびとした、どちらかというと音域の高い曲ではあるが……歌唱に際しての不安を全く感じることもなく、しっとりと丸々一曲歌い上げる。
歌い出しと共にコメントが溢れ、途中はまるで聞き入っているかのように流れが緩やかになり……四節目の最後の音を止めると同時に、再び怒濤のようなコメントの濁流が押し寄せる。
実のところはこっそり薄目を開けてその様子を把握しておきながらも、さも『今初めて目を開けてコメントを見ました』と言わんばかりの表情と声色を身に纏う。
「……ふぅ。……どうでしュヒゃぁ!? うわ!? わ、わ、わわ!? あ、あ、あり、ありがとうございます! えっ? ど、どうでした? わたしの歌……よかった? えっ、よかった!? えっ!? すごかった!? ほんと!? ありがとうございます! んえへへ!」
正直、自分でもなかなかよく歌えたと思っている。様々な知識を修めている若芽ちゃんは当然語学も堪能(という設定)であり、英語の発音に関しても拙さは欠片も見られない。
そのまま音楽科や……ともすると英語の教材に使えそうなほど、ケチのつけようのない堂々たる歌唱……まさに『会心の出来』と言っても過言ではなかっただろう。我ながら良い仕事をしたと思う。
……さて、無事に一仕事終えたので台本に戻りたいところだけど……もう少しアフターサービスしておこうか。
おれはまだまだ駆け出しだからな。売れるところで売れるだけ媚を売っておかないと。拾える
「さてさて……皆さんどこかで聞いたことがあったかもしれません。有名ですよね、この曲。物知りな人間種の皆さんはご存じかもしれませんが……この『素晴らしき恩寵』はですね、イギリスのニュートン牧師によって作詞された讃美歌です。……はい、讃美歌。教会での集会やお祈りのときに、神さまに捧げるお歌なんですね」
BGMのボリューム上げながら、トーク時の動画設定を呼び出して『
カメラに映る若芽ちゃんの後ろがわ……部屋の白壁へと、クロマキー合成のように仮想スタジオを魔法で投影。同じく魔法で曲目を記した看板バルーンと、重要そうなキーワードを書き記したボードをふわふわと浮かべる。
口頭で説明しながらリアルタイムで板書やテロップを入れていくというのは、収録即放映が普通である『生放送』においては極めて面倒だと思う。
勿論、前もって入念に打ち合わせを行い、台本通りタイムスケジュール通りに生放送を進行し、次に何を喋るのかが解っているのならば、タイミングを合わせてテロップを表示することは可能だろう。
だが……今回の生放送においては、このアカペラ披露は急遽決まった……ということになっている。つまりは、予定外だ。
そんな予定外(に見せかけた予定通りなのだが)のトークにおいてもテロップとバルーンを活用して見せるというのは、これも『若芽ちゃん』ひいては『
「…………と、まあ、わたしが覚えてることはこんな感じです。だいぶ横道に逸れちゃいましたね……オハナシつまんなかったですよねえ……だいぶ時間経っちゃいましたね…………ごめんなさい……えっ? おもしろかった? ほんと!? つまんなく無かった? ほんとに!? ありがとうございます!」
台本から外れた演目は期待通り、視聴者の関心を鷲掴み出来たようだ。
滝のように流れるコメントを、並外れた動体視力と瞬間記憶力でつぶさに把握していき、そのほとんど全てが好意的なコメントであることに
そろそろ……本編に行ってみようか。
ただの仮想配信者には真似出来ない、
演者の顔色や表情や、汗や涙なんかもばっちり捉えられてしまう配信環境での……
やるからには、本気だす。
天才エルフ少女『若芽ちゃん』の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます