第29話 【投稿完了】緊急作戦会議




「おおー! ここが『若芽ちゃん』のお部屋っすか!」


「おれの部屋だよ。前来たときと大して変わって無ぇだろ」


「現実を突きつけないで下さい。せっかくひたってたんすから」


「おれだってこんな美少女受肉した現実を突きつけられたか無かったよ!!」



 浪越なみこ市南区の某所に借りたおれの部屋は、RC鉄筋コンクリート造1LDKの物件……まぁ、飛び降り自殺を考えるくらいには高層階に位置している。


 その居住部分のほとんどを占める『LDリビングダイニング』の部分は、真っ白な壁に向けられたカメラやらタワー型ハイスペPCやら小型ウェブカメラやらオーディオミキサーやらが常に展開されている撮影用セッティングが施されており……ぶっちゃけるまでもなく、リビングだとかダイニングの機能はゼロである。

 そのためおれの私室、スタジオから扉一枚を隔てた洋間のこたつ兼用ローテーブルの上には……『作戦会議』という名目で持ち込まれたスナック菓子とソフトドリンクのペットボトルと缶チューハイが、所狭しと並んでいた。




「まぁまぁ機嫌直して。先輩の好きなおむすび煎餅も米田のタマゴサンドもありますよ。チューハイも残ったら置いてきますから。……先輩その身体じゃお酒買えないでしょ」


「おれは絶対ぇ部屋の趣味変えないからな。……煎餅とサンドと酒は遠慮なく貰うけど」


「どうぞどうぞ。先輩に貢ぐために買って来たんすから」



 気持ち悪いほどのニコニコ顔で、菓子やら酒やらをおれに貢ぐ烏森かすもり。正直いって嬉しいのは認めるが……そのきらきらとした笑顔がなんだか妙にこそばゆい。

 こうなった理由として、あるひとつの可能性がひっそり脳裏をよぎるが……全力で気にしないことにする。


 気を取り直すように……あるいは場の空気を誤魔化すために、今日来て貰った目的のもう半分、本題である『作戦会議』の火蓋を切る。



「それで、その…………どうしようね?」


「どうしましょうね。やっぱ出来れば今晩あたり、何かしらで配信してみた方が良いと思うっすよ。『歌ってみた』の宣伝とお礼も兼ねて」


「あ、やっぱ? よかった。おれもそう思ってた。……んだけど……」


「何をするか、っすよね。もうじき昼二時ですし、準備するにしても告知するにしてもそろそろ限界かと」


「ご、こめん、おれが寝過ごしたばっかりに……」


「いえ、しょうがないっすよ。大捕物おおとりものしたその晩に徹夜でしょう?」



 彼の言うとおり『仕方がない』ことだったのかもしれないが……それでも、貴重な日曜日の時間を浪費してしまったことに変わりはないのだ。少なからず後悔の念が浮かんでくるが、今はそんなネガティブな思考を浮かべる時間さえ惜しい。

 目標としては……今晩二十一時を目処に、二回目となる配信を試みる。そのために前もってSNSつぶやいたーで告知をしておく必要もあるし、このタイミングとなってしまっては時間が押せば押すほど、広告の効果は薄まってしまう。

 ……いやむしろ、前日に告知できなかった時点で手遅れなのかもしれないが。


 だがしかし、過ぎたことは変えられない以上はどうしようもない。大切なのは『今何をすべきか』であり、こと今回に限っては『今夜の第二回配信の内容をどうするべきか』を考えるべきだろう。



「定番のゲーム配信とかっすか? 最近ですとフロゲーとかデュエルとか、もしくはFPSとか」


「確かに定番だと思うけど……逆に新鮮味が薄いっていうか」


「逆にちょいと前のゲームならまだ配信数も少ないっすかね? ……あー、あれとかどうすか? フィットネスのやつ。輪っかの」


「…………あー、1カメでゲームプレイするおれを撮って、ゲーム画面にワイプで入れりゃ成り立つか」


「でっしょー! あのテのゲームは疲れ果てるプレイヤー眺めて愉悦ゆえつるのが一番楽しいっすからね! 先輩フィッチ持ってましたよね?」



 なるほど確かに……それであればたとえ結果が芳しくなくても、それはそれで美味しいだろう。ゲームの腕前に関係なく、とりあえずプレイヤーが身体を張っている様子を眺められば『見るがわ』としては楽しめる。

 フィッチ例のゲーム機は操作方法が明瞭な傾向が強いし、加えてあのゲームは事前の練習が不要なのもありがたい。…………が。



「ま、待て待て待て、おれはまだやるとは言ってねえ! ……ていうかソフト持ってねえし!」


「いやでも、良い考えだと思うんすよ。若芽ちゃんは他の仮想配信者ユアキャスに無い強みがあるわけですし。表情どころか顔色や汗まで表現できる仮想配信者ユアキャスなんてそうそう居ないっすよ」


「てかおれ仮想配信者UR―キャスター名乗ってて良いのかな。今さらだけど」


「エルフバレしたく無きゃ言い張るしかないとは思いますが……正直いってバレんのは時間の問題っすかね。何せ3Dアバターと言い張るにはリアル過ぎますし、先輩のその容姿ならちょっと出歩きゃ噂になりますよ。ソフト買ってきますわ。そこは割り切りましょう」


「まぁそだよな……何か言い訳も考えとかな…………えっ? ご、ごめん。何か言った?」


「じゃあそういうことで。オレ少し出掛けてきます。三十分かそこらで戻るんで、先食べてて良いっすよ。……お酒は告知終わるまで我慢してくださいね」


「えっ? えっ? ……お、おう。わかった。ていうか酒は配信終わるまで我慢すべきだろ。……まぁよくわかんないけど……行ってら?」


「うっす。行ってきまっす」





 なんだか釈然としないが……烏森かすもりは慌ただしく出ていってしまったので、とりあえずその間今夜の配信の内容を考えておかないといけない。


 安定感があり、かといってありきたり過ぎず、定番からほんの少し方針を逸らした程度の企画。

 数多の先輩配信者キャスターの影に埋もれることがない、若芽ちゃんおれの長所を活かすことが出来る企画。


 やっぱ……歌だろうか。タイミング的にも違和感ないと思うが……オリジナル楽曲なんて持ってないし、即興で演奏するのもたぶん無理だろう。ていうかそもそも楽器が此処に無い。

 ……カラオケ生配信でも出来れば楽しそうなんだけど……権利関係とか難しそうだよなぁ。



(……とりあえず予告だけでもしておくか。詳細はまた後ほどって感じで。最悪身内をサクラ盛り上げ役にして雑談枠でも……)



 もうすぐ十五時……日曜日の昼三時になるところだ。詳細はこの期に及んで未定だが、そのことをうまくぼかしてでも『やる』ということをまず告知しておくべきだろう。

 烏森かすもりも何やら考えがあったみたいだし、戻ってきたら詳しい話を聞いてみよう。いよいよ何も考えつかなかったら雑談に逃げるとして。


 ……よし。それでいこう。

 大丈夫、今は波に乗ってる。きっとなんとかなる。……多分。




…………………………




 今夜二十一時からの配信予告の投稿は、今まで以上の勢いで拡散されていった。

 勿論、第一線で活躍している仮想配信者UR―キャスターに比べたら、吹けば飛ぶような規模なのだろうが。

 

 だがそれでも、おれはおれだ。この『木乃若芽ちゃん』を支持し、興味を持ってくれる人々のため、やると決めたからには

 わたしおれは木乃若芽ちゃん、魔法情報局の局長なのだ。





 その気合いの入った意気込みが元で、くだんの配信において大層悲惨な事件に見舞われる羽目になるのだが――


 このときのおれは勿論、そんなことなど知る由もなかった。



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