第27話 【投稿準備】気つけは重要なのだ




 作業も大詰めとなった、真夜中。

 おれは迫る睡魔を追い払い、また気合を入れ直すために……ひとっ風呂浴びる作戦を決行する決断を下した。



 身体を暖め、血流を良くして、頭により多くの酸素が送られるように。ついでに顔も洗ってさっぱりすることで、多少なりと目が覚めることだろう。

 作業途中のデータを上書き保存し、バックアップデータを外付けHDDにも保存し、どっこいしょと声を上げながら椅子から降りて立ち上がる。


 バスタオルと着替えを引っ掴んでバスルームへ移動し、結局ずっと着ていたファンタジーテイスト溢れるローブと、烏森かすもりに貰った女児用下着パンツを脱ぎ去って洗濯機へ投げ込む。

 様変わりしてしまった女の子の身体は正直まだ見慣れないが、着替えのほうは抜かり無い。なんといっても帰り際に、烏森かすもり先生からパンツの支給を受けていたのだ。パンツさえあればあとは自前のTシャツとズボンで何とかなるだろう。サイズは大きいだろうが、べつに出掛けるわけでもないし問題ない。


 鏡に映る素っ裸の美少女エルフにどきどきしながら、シャワーヘッドを手に取りお湯を出す。適温になったことを確認してから身体もろとも湯船の中へ……今回は時間が押しているため、シャワーを浴びながらお湯を張る作戦である。



(おれ……この動画投稿し終わったら、風呂桶にお湯張って肩まで浸かるんだ。……ふふ……温泉のもとも買ってあったりして……)



 世間はソレを死亡フラグと言うらしいが、今のおれには通用しない。……今日一日で何となくだが理解し始めてきた。今のおれは容姿だけでなく、に関しても『若芽ちゃん』そのものなのだ。


 魔法情報局『のわめでぃあ』の局長であるおれわたしは、番組の放送を成功させるにあたり『絶対』といえる自信がある。

 生まれもった『魔法』の才能に胡座をかかず、勉強し学習し身につけた『技術』を駆使し、視聴者を楽しませる番組を提供し続ける。

 これは『若芽ちゃん』の根幹を成すであり、でもあり、であり……そしておれのでもある。


 この身体アバターにおれのが合わされば……やれないことなんて、あんまり無い。



「……っし! あと一息!」



 わしゃわしゃと荒っぽく顔を洗い、『この髪をちゃんと洗えるシャンプーも買わないとなぁ……』などと考えながらシャワーで全身を洗い流し、お湯を止めてシャワーヘッドを壁に掛ける。


 未発達な女の子の身体を撫で回すことに羞恥心を感じながら、バスタオルで水滴をしっかりと拭き上げ……ふとそこでスマホのお知らせランプが点滅していることに気付き、裸のままスマホを手に取りロックを解除する。


 淡い緑色の光をぴかぴかと点滅させるパターンは、REINメッセージツールの新着受信のシグナルだ。

 こんな夜中に送ってくる人物の心当たりなんて数えるほどしか居やしないが……やはり送信者は予想通り、神絵師モリアキ大先生か。



 送られてきたのは……全くもって飾り気の無い六文字ぽっきりのメッセージと、一枚の画像データ。

 そこには……若葉色の髪と翡翠色の瞳を持った耳の長い少女が……慈しみの笑みと共に、愛しげに弦楽器を抱き抱え微笑む『若芽ちゃん』を描いた一枚絵が。


 直後には、取って付けたように添えられた『応援してます』のメッセージ。



「…………ばかやろう」



 こんな応援を貰ってしまったら……尚更頑張るしかないじゃないか。


 まるで誂えたように――というか、やはりそのつもりで描いてくれたのだろう――動画の『顔』ともいえるサムネイルとして持ってこいな、この上ない神作品である。

 あとは演奏曲タイトル等の情報を配置すれば、懸念の一つであったサムネイルの作成はあっというまに完了だ。

 それはつまり、動画の完成そのものが秒読み段階であり……ゴールまであと一息ということを表している。



 こんな遅い時間まで……場所は違えど、おれの作業に付き合ってくれた。

 『日曜の朝には投稿したいなぁ』と溢したおれのつぶやきを、律儀にも覚えていてくれたのだろう。


 なんて……なんてやつなんだ。

 これはやはり……徹底的に気合いを入れてをしなければならない。





「…………えいっ」



 スマホのインナーカメラが小さくシャッター音を響かせ、撮影されたばかりの写真データが送信プレビューとして表示される。


 そこには……『若葉色の髪と翡翠色の瞳を持った幼い少女が、ほんのり濡れた素肌にバスタオルを一枚纏ったのみの大変あられもない姿で、ほんのり微笑みながらピースサインを見せ付ける』という……大切な部分こそ見えていないが大変扇情的な一枚が表示されていた。



 それをお礼の言葉と一緒に、容赦なく神絵師モリアキへと送信する。


 あっ既読がついた。


 ……えっ、音声着信?



「…………はい、こんば」


『先輩ちょっといい加減にしてくれませんかねぇ!?』


「ヒェッ」


『勘弁してくださいよもう! 今日一日オレがどんだけ我慢したと思ってんすか!? こんなん送られて我慢出来ると思ってんすか!?』


「た、溜まってる、ってやつ……かな?」


『……ッ、ああもう! そうっすよ! こんなエッッッな写真送ってきて! いいんすかもう! 見抜きますよ!?』


「…………しょうがないにゃぁ」


『………………え、マジすか』


「まぁ、写真なら別に。正直モリアキにはめっちゃ助けられてるし。…………おれ一人だったら……たぶん、折れてたから」


『…………本当に、良いんすか?』


「さすがに『相手しろ』とか言われたらちょっと引くけど……まぁ写真使うくらいならな、減るもんじゃないし。……モリアキは産みの親の一人だし、恩人だし。温泉旅行で全裸見せ合った仲だし」


『…………全、裸』



 おっと、これはガチのトーンだ。どうやら想像力を発揮してしまったらしい。

 ……まぁ無理もないだろう、何といってもおれとモリアキが『好き』を詰め込みまくった、理想ともいえるエルフの少女、その柔肌なのだ。アラサーおっさん同士の素っ裸とは比べるだけ失礼だろう。


 実際問題、この身体をモリアキに見られたとして……おれが失うものは特に無い。行為の相手になるのはさすがにご遠慮願いたいが、さっきのバスタオル一枚とかパンツくらいなら、別に見られても構わないと思っている。

 何しろ……おれだって実際のところ、目で堪能させてもらっているのだ。ともするとおれ以上の功労者である彼に何の旨味も無いのは……それはさすがにあんまりだろう。


 なので……彼なら、良い。そういうことにする。



「まぁ、とにかく…………本当にありがとうな。色々と」


『……いえ。オレが描きたくて描いただけですし。……まぁとりあえず、無理はしないでくださいね』


「大丈夫。お陰様でほぼ出来上がりよ。……六時な。楽しみにしててくれ」


『ご武運を。そしたら今度オレが酒持ってきますよ』



 決意も新たに気合を入れ、音声通話を切断する。

 パンツをはいてTシャツに袖を遠し、ズボンの裾を何重にも折り上げて無理矢理合わせる。


 神絵師モリアキより賜ったイラストを愛機PCで読み込み、サムネイルの作成と動画の最終仕上げに取りかかる。



(おれは本当に……本当に、恵まれてる)



 彼と出会えたことに、誰へともなく感謝しながら……てきぱきと成すべきことを成していった。



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