第26話 【投稿準備】机仕事も必要なのだ




 リアルタイムで動画と音声を収録し、チェックや修正や大掛かりな編集を施さずに直接放送を行う、いわゆる『ライブ放送』とは異なり……楽器演奏や歌を録音ないしは録画して一本の動画に仕上げて投稿するまでには、幾つかの手間を要する。



 まず何よりも肝心なのは、メインとなる『演奏音声』データの録音。

 視聴者に聞かせたいがために演奏したのだから、ここをおざなりにすることは有り得ないだろう。

 幸いなことに件の貸しスタジオにおいては、録音用の高級コンデンサーマイクを使わせて貰うことが出来た。……別途料金が発生するオプションプランではあったが、後悔はしていない。


 それに加えて、演奏・歌唱しているおれの『映像』データの撮影。

 音声のみで真っ暗画面の動画は殺風景過ぎるし、どういう形でその音が奏でられているのかさえも解らない。

 せっかく弾きながら歌えるようになるまで練習したのだから、どうせなら是が非でも見て貰いたい。


 最低限、この二つのデータを入手さえすれば、あとは自宅で作業に取り掛かればいい。



 土曜日の夜九時……二十一時ころまで掛かって、とりあえず満足行くレベルの音声と動画を録ることができた。……まぁ、途中何度か横道に逸れたりもしたのだが。

 録れたてぴちぴちの生データを持ち帰り、烏森かすもりの軽自動車で自宅まで送ってもらう。それにしても思っていたよりも遅くなってしまい、こんな時間まで彼を付き合わせる形となってしまったことに、ぶっちゃけかなり申し訳なさを禁じ得ないのだが……


 『いやー、タブとオレンジペンシルがあれば何処ででも絵ぇ描けますし。実際めっちゃ筆進んだんすよ、たまには違う環境で仕事するのも良いっすね! ……まぁこれ趣味の絵なんすけどね』


 などとまぁ、これまた大変なことを仰っておられました。モリアキ神まじぱねぇっす。 

 本当おれは彼に頭が上がらない。冗談じゃなくそろそろ借りを返しきれなくなってしまいそうで、恐怖すら感じ始める始末である。



 しかし……そんな彼の期待に応えるためにも、気合いをいれて作業に取り組まなければならない。


 玄関エントランス前まで乗り付けてくれた救いの神モリアキに別れを告げ、自室に帰ってきたのが二十二時頃だっただろうか。

 愛機PCの電源を立ち上げ、密閉式大型ヘッドフォンを――長い耳を圧し潰される感覚を我慢しながら――すっぽり被り、久しぶりの作業に際して手順を思い起こしながら……一番上まで上げてもやや低いチェアに腰掛けて、ディスプレイと対面する。


 投稿するにあたっては……やはり休日である週末、日曜日は狙い目だと思っている。金曜夜の初回放送から日が空くことは避けておきたい。何とか明日の日曜中に間に合わせるべく、気合いを入れて作業を開始しなければ。




 作業手順としては……先程録った音声データを洗いだし、適切な長さで切り取ったり音量を調節したり、気になるノイズや雑音を取り除いたりエコーや効果を調整したりして『動画の音声』を作り出す。

 用意したその『音声』にぴったり合うように録画された映像を紐付けし、また随所にテロップや画像を配置したりアイキャッチを挿入したりして『動画の音声』と『動画の映像』を合わせていく。

 曲というか歌によっては歌詞なんかを入れてもいいのかもしれないが……今回は入れない方が良いだろう。

 最後に動画の表紙ともいえるサムネイルを用意して、投稿準備は完了する。



 動画を仕立て上げる作業そのものは、以前から度々行っていたことだ。……といっても再生回数なんかせいぜい三桁が関の山、四桁行くことなんかまれである。

 無名の動画投稿者であれば、やっぱりそんなものなんだろう。個人製作動画の黎明期はもはや過ぎ去り、動画も投稿者も供給過多な現状だ。飛び抜けた個性や強みでもなければ、生き残ることは困難極まりない。


 だからこそ、いちばちかの仮想配信者ユアキャス計画なのだ。見映えしない中年男性なんかではなく可愛らしい美少女のガワを纏っていれば、それだけでもひとつの強みとなる。

 直接カメラの前に姿を表してもそれなりに画になるだろうし、動画のサムネイルは勿論、SNSつぶやいたーに画像を投稿して宣伝に使うこともできる。


 『カワイイ』というだけでも価値があるし、それだけ人目につきやすい。このご時世『カワイイ』は万能の武器であり、この時代を配信者キャスターとして戦い抜くためには、強力な武器が必要不可欠なのだ。



 未だ謎だらけの出来事により『木乃・若芽ちゃん』となってしまったおれの身体だったが……『幼いエルフの女の子』の姿というが手に入ったことは、紛れもない事実。

 ……しかもこの身体は容姿が整っているだけでなく、様々な能力が非常に高性能なのだ。


 ほんの僅かなノイズさえ聞き取り、微かな音の歪みも見つけ出す聴覚。多数のタスクを同時に抱え込める並列処理能力。人間より明らかに広い範囲を精度を落とさず俯瞰できる視野の広さ等々……お陰で動画の編集作業も、あからさまに進みが早い。

 ぶっ通しで八時間程度は掛かるものだと覚悟していたが……思っていた以上に早く仕上がりそうだ。




「んん――――――っ、首が……腰が…………んへぇ、つかれた……今何時だ? …………げ」



 予想以上のペースで作業は進み、それに調子を良くしたおれは非常に深く集中できていたらしい。

 作業が一段落したところで身体の凝りをほぐし、伸びをしながら時計を見ると……時刻は深夜の二時を示していた。

 編集作業の方は順調、音声の調整と動画との紐付けはほぼ完了した。あとは画像や文字を挿入していけば良いので、なんとか終わりが見えてきた。


 だが…………ねむい。

 朝というか午前中の出来事により、少なからず疲労が溜まっていたのだろうか。いや、溜まってなかったとしても深夜二時なのだ。眠気に襲われるのも当然か。

 目標としている投稿時刻は……日曜の朝、六時。タイムリミットまであと四時間に迫ったこのタイミングで、のんびり仮眠を取るわけにはいかない。間違いなく寝過ぎる。

 いわば自由業となった今のおれは、昼夜逆転しようとただちに大きな問題は(たぶん)生じない。ならば今は眠いのを我慢して、完成まで作業を進めるべきだ。



(…………っし、風呂はいろ)



 さっぱりして目を醒ますとともに、気合いを入れ直すために。


 おれは自分の部屋着とモリアキ先生に授かったパンツを手に取り、我が家の風呂場へと向かった。



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