第25話 【収録風景】決意も新たに




 防音完備、楽器レンタル完備、ドリンクバー完備、録音設備完備と至れり尽くせりなこの貸スタジオは、とあるビルの地下部分にて営業を行っている。

 防音設備を整えるにあたり、地下のほうが遮音性とか良いとか……そんな感じの理由なんだろう。たぶん。


 ちなみにそのビルの一階および二階部分には系列の楽器店が入っており、音楽に携わる人々が初心者からプロまで数多く訪れるスポットであるらしい。

 さらに三階と四階部分にはクラシックから洋楽から邦楽からサブカルから幅広く取り揃えた、CDやDVD等のオーディオメディア専門店となっており……五階部分には各種音楽教本や、多種多様の楽譜で埋め尽くされた書店が入っている。


 それ以上の高層階……六階および七階は『一般のお客様は立ち入りを御遠慮ください』フロア……とのことだ。

 エレベーター横の階層別案内看板を見る限りでは……運営会社の事務スペースであったり、完全会員制音楽教室用の教室だったり、その先生達用のパーソナルオフィスだったり……つまりは主に音楽教室フロアってことだろう。

 ちなみに更に上がって最上階には、音楽系のイベントに利用できる多目的ルームまで備わっているようだ。

 掲示板に張られている張り紙を見たところ、ピアノコンサートやら音楽教室の発表会やら著名な作曲家の講演会やら大学生サークルの演奏会やら……かなり頻繁に催し物が開催されているらしい。

 張り紙の写真を見る限り、どうやらツーフロアぶち抜いたかなりの大空間のようだ。……ぱねぇ。



 まあ、なんというか、つまるところ……このビル一棟まるまる全部が『音楽』関係の入居テナントで埋まっているらしい。

 ……というかぶっちゃけ、全部まとめて一つの企業が広げた風呂敷らしい。


 実際、レンタル用の楽器も――店舗からか音楽教室からかは解らないが――上のほうの階から持ってこられたようだった。

 エレベーターなんかも一般的なビル用よりは明らかに広く、これを使えば地下一階から最上階まで、楽器を担いだままでも楽々アクセスできることだろう。



 少し話が逸れたが、とりあえずここは地下一階。このフロアの作りとしては、繁華街なんかによくあるカラオケボックスが近いだろう。

 階段およびエレベーターホールに面して受付カウンターが設けられ、その隣でドリンクスタンドが稼働している。トイレなんかも同様に入り口付近に設置され、ホールから枝分かれしていった通路沿いには貸スタジオブースの防音扉がずらりと並んでいる。


 ……まぁ、要するに。

 必然的に人の流れが多くなるであろう受付方面へ向かわないと、目的地であるドリンクバーまでたどり着けないということだ。


 加えて……本日は土曜日であり、かつよく晴れたお出掛け日和だったことも、記憶しておくべきだっただろう。





「ミッチーさぁー、ぶっちゃけ何か良いコトあったん? なんか今日さー、ミッチーなんか超イケイケな感じじゃねぇ?」


「あーわかっちまう? わかっちまっちゃう系? まじかーオレのドキドキわかっちまっちゃったった系かァー?」


「ぶッヒェハハハハハハ何だよソレ! やっべぇコイツウゼェ! マジデキアガっちゃってるわコイツ!」


「おいミッチーお前ドコ人だよウケるんですけどー! ニホン人ならニホン語喋れってェの!」


「うるせーって! しゃーねーだろオレ今めっちゃ興奮収まんねんだから! 伝説の幕開け見ちまったんだからよ!」


「ウケるー! やっべぇ興奮してるってよコイツ! 何? サカっちゃってる系? おサカりパークタワーオープンしちゃう感じ?」


「はー…………クッソワロ。ァんだよ伝説って。またそんな大げさな」




 ……まぁ、Sサイズルーム以外埋まってるって言ってたもんな。

 大学生か……下手をすると高校生くらいだろうか。そんな若い子たちがバンドの練習に利用中でも、何もおかしいことは無い。


 ……無いの、だが。


 ドリンクバーのあるホールまで、あと曲がり角を一つというところで……非常に、非常に若者らしい喋り口の会話が聞こえてきた。

 偏見かもしれないが会話を聞く限りでは、どちらかというと理性的な性格では無さそうな気がする。いや本当ただの思い込みかもしれないんだけど。

 ただ実際なんというか、その……知的な喋り方では無さそうなので……つまるところドリンクバー目当てで出ていったらチャラチャラとした感じに絡まれやしないか、そこんところが不安なのだ。



「……どうします? 先輩。……ちょっと待ちますか?」


「…………ごめ、そうしたい……かも」


「了解っす。……まぁ、不安に感じてもしゃーないっすよ」


「ヤな奴だよなぁおれ……会話を盗み聞きして、しかもそれだけで『苦手な人』認定するとかさ……」


「まあまあ。べつに全人類好きちゅき好きちゅきする必要無いですし、」


『ギャハハハハハハ!!』


「……うん、オレもちょっと苦手っすもん。ああいう笑い方する陽キャ」


「おれら完全に陰キャの部類だもんな」




 こそこそと立ち話に興じている間にも、陽キャの彼らの会話は進んでいった。話はどうやら『ミッチー』が上機嫌である理由について――彼が目撃したという『伝説の幕開け』について――いかにも得意気に語り始めたところのようだ。


 ああ、もう……そういうお話はお部屋で存分に続けてくださいませんかね。公共スペースでの大声は御遠慮頂きたいのですが、どうやらその認識が薄い御様子。お客様お客様あーっ困りますお客様困ります、早くお退き頂けないとおれはいつまで経ってもオレンジジュースが飲めませんあーっ困ります困りますあーっあーっ。


 知らず知らずのうちに陽キャ集団へのイライラが募っていき、それが恐らく顔に出ていたのだろう。どこか困ったような表情を浮かべた烏森かすもりが、何か言葉を発しようと口を開き……しかし直後、その口は閉じられることとなる。




「だぁからお前らも『若芽ちゃん』見てみろって! めっっちゃカワイイから! アレもうユアキャスUR―キャスターって次元じゃ無ぇって!」


「まーじ? うーん……俺ユアキャス興味無ぇんだけどさ……そんなヤベェの? その『わかめちゃん』って」


「でもよ珍しくね? アイドルオタのミッチーがユアキャスって。どんな心変わりよ。その『若芽ちゃん』もアイドルなん?」


「いーや? つい最近デビューしたばっかの新人配信者キャスターだぞ」


「ギャハハハなんだそれ! やたら推すから何かと思えばド新人なのかよ! カワイイだけじゃ長続きしねーだろ!」


「いいやでもオレ解るもんね! あの子は絶対ぇ歌うまいって! 顔も声も可愛いし……何てぇの? 動き? とにかく……あの一生懸命さがまた可愛いのなんの! とにかく見せたるから見てみろって! 絶対ぇ次楽しみになっから!」


「…………へぇーマジかよ。そこまで言っちまうか。……どこで見れる? ちょっと興味出てきた」


「まかせとけオレが見せたる! ユースクYouScreenプレミアム会員の実力を見せてやる! とりまそろそろ部屋戻るぞ、あんま外で騒ぐと他の人の迷惑だし」


「まぁ……ちょっとなら見てみっか」


「そーだな。休憩にゃちょうど良いし」





 幸いなことにこちら側とは別方向の通路方面……彼らの部屋ブースの方向へ、『ミッチー』とその仲間達はじゃれ合いながら去っていった。


 騒々しくも楽しげな一団が去り、静けさを取り戻したホール入り口にて……おれ達はしばらくの間呆然と佇み、たった今の出来事を思い返す。

 それと同時……先程は烏森かすもりのフォローによって散らされた自己嫌悪が、再び燃え上がってくるのを感じていた。



「……普通に良い子だったな」


「まぁ、そっか……オレら隠れてましたもんね。彼ら以外に人居なけりゃ賑やかにもなりますか」


「それに…………くれてた。めっちゃ褒めてくれてた。……なのに、おれは」


「ストップ! ストップっす先輩! そういうときはヘコむよりも創作意欲に回した方が有意義っす! 逆にファンの人に……ミッチーに楽しんで貰えるような動画を作るために頑張るべきっすよ!! ちょうど歌声、期待してくれてましたし!」


「…………そう、だな。……せっかく楽しみにしてくれてるんだもんな」



 烏森かすもりの言う通りだろう。適度な反省はもちろん必要だろうが……度が過ぎたネガティブ思考は、抱えたところで何も改善しない。

 同じように思考の沼に沈むのだとしたら、どうせならプラスの思考を試みるべきだろう。

 『おれはなんて嫌なやつなんだ』ではなく……『応援してくれる人を喜ばせるにはどうすれば良いのか』へと思考をシフトさせる。考えても無駄なことは考えず、考えれば考えるだけ有意義になることに思考リソースを使うべきだ。


 動画配信者であるおれにとって……応援してくれる視聴者に喜んでもらう方法とは、一にも二にも『動画を投稿する』ことだろう。

 ならば答えは至極簡単。そもそもおれは今日、なんのためにここに来た。



 



「……ヨッシャ! 部屋戻ってごはん食べて練習すっか!」


「先輩! 待って! ドリンクバー! オレンジジュースいらないんすか!?」


「あっ!! いる!!」


 

 ジュース持って部屋戻ってごはん食べて……とりあえずは烏森かすもりに――いつだっておれを応援してくれる『ファン一号』に――練習の成果を披露しなければ。


 気合いをいれろ……おれ若芽ちゃん



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