第22話 【日常風景】オウチへ帰ろう



 銀行襲撃事件もとりあえずの収束を見せ、加えてよく晴れた週末とあってか、昼頃にしてはなかなかの交通量を誇る神宮かみや区の幹線道路。

 そこを一台の軽自動車が順調に、法令遵守で走っていく。


 後部座席を倒せば完全フルフラットの荷台が出現するこの車種は、アウトドアや車内泊ユーザーをメインターゲットに据えているのだろう。

 角張った車体は広い室内スペースを提供し、荷室や後席の随所に据え付けられた各種収納は良好な使い勝手をもたらしている。



 実際に車内泊キャンプへと同行させて貰ったこともあるが……どちらかといえば段ボールと折りコン折り畳みコンテナと台車と長筒を積み込み、首都東京の某港湾エリアの展示場へと遠征したときの印象の方が、遥かに強い。



 そのときと全く同じように、今回も助手席に収まるおれだったが……やはり視点の高さがかなり違うからだろうか。見慣れたはずの道なのに、窓から見える印象はだいぶ異なるように思えた。




「あっ……この時間は多分国道使わん方が良いわ。週末だからシオン軍に巻き込まれる」


「あー了解っす。それじゃあ花園町で折れます。環状線で」


「うっす。おなしゃす」



 愛車の原付は烏森かすもり宅に置きっぱなしにして、帰りは彼の車で送って貰うことになった。真っ暗で人っけの少ない夜間ならまだしも、日中におれみたいな幼女が原付かっ飛ばしていたら……確実に職質されるだろう。

 まだ多くの報道カメラや野次馬の残る現場から離脱するのは少々面倒だったが……駐車場が少し離れていたことが不幸中の幸いだった。烏森かすもり独りだったら何もやましいことは無いし、おれ独りだったら物影を飛び回りながらこっそり車まで辿り着くことも可能なのだ。



 週末特有の道路状況……大型複合商業モールへ殺到する車の流れを避けるべく、やや遠回りだが安全な道を選択する。この県の人々はシオンモールが大好きなので、週末ともなればとりあえず県内あちこちから集まってくるのだ。

 各モールの最寄りインターチェンジはほぼ麻痺しており、モール近くは駐車場待ちの車が一般道にまで長々と連なり、とにかく動きづらい。

 モールそのものかその近隣に用が無いのであれば、多少膨らんででも迂回するのが賢い選択だろう。


 ルート変更が功を奏したのか、順調に車は走行を続け……いい天気と相俟って段々とご機嫌になってくる。

 車載テレビから流れるワイドショーは相変わらず例の事件を取り上げているが、新たに得られる情報も無さそうだ。耳を傾ける必要性は薄いといえる。


 勝手知ったる様子でカーオーディオをポチポチと操作、スマホと無線接続して動画サイトYouScreenのプレイリストを選択。

 最近よく聞いているゲームのサウンドトラックがランダム再生され……弦楽器の重低音がもの悲しげなコードを響かせ、終盤イベントの特殊戦闘BGMが流れ出す。




「おお一曲目から神引きだわ。『故代の唄』。未だにめっちゃテンション上がるよな」


「あの展開はやべーっすよね……まさかあの局面でデボポポ出てくるとは思わねーっすよ……しかも『故代の唄』流れるとか……」


「確実にプレイヤーの情緒殺しに来てるだろ……」



 神秘的でどこかもの悲しげな、絡み合う二人の女声コーラスが特徴的なこの曲……主旋律はシリーズを通して代表的なフレーズであり、シリーズ一作目の公開以降何度かアレンジバージョンが公開されていた。

 そんな中で……シリーズ最新作にて新作アレンジBGMであるが流れた際には、懐かしさとトラウマと涙なしには見られぬ台詞回しで多くのプレイヤーの心を掻き乱した、いわくつきの神曲なのだ。


 おれもモリアキも文句なしお気に入りの一曲、以前から度々口ずさんでいたこの曲であるが……前奏が終わり問題の女声コーラスパートに差し掛かったとき、ふとが脳裏をよぎった。



(…………もしかして……『若芽ちゃん』なら歌えるんじゃね?)



 サビの高音部がギリギリで出せなかった以前とは異なり、今は女声フレーズだって問題なく出すことが出来るだろう。なにせ今やれっきとした女性……いやもとい、女児なのだ。

 音域が及ばないということは無いはずだし、肝心の音楽的技能に関しても……この身体アバターの、この子の設定であれば……あるいは。


 ……あの神曲を、歌えるかもしれない。




「―――集え―――縒りませ―――御手へ―――いざや―――声を―――祈りを―――来遣れ―――


 ―――捧げ―――今此処へ在れ―――願い―――声を―――祷りを―――とわに―――嗚呼―――」



 …………歌える。……いける。


 自分でもびっくりするほどあっさりと……透き通るようになめらかな歌声が、おれの口からこぼれ出る。一番音階の高いサビ部分を一巡させただけだが……思った通り、この身体の歌唱適正は非常に高いことが解った。


 エルフ種は作品によっては、長命種ならではの知識と音感を活かした『吟遊詩人』としての側面を持つこともある。

 ご多分に漏れずこの『若芽ちゃん』においても、こと芸術分野……特に音楽分野に関していえば、確か『極めて高レベルの技量を備え、普段から歌を口ずさむほどの音楽好き』という設定だったハズだ。



 ……あれこれともっともらしいことを理由付けしてみたが、要するにキャラクター設定の段階で『歌ってみた』系もこなせるようにキャラ付けしていただけのことだ。

 当時の計画では……変声ソフトの使用を前提にした強行策を用意していた。ソフトを通して変声させたおれが実際に歌ってみて、それを知人の編集者チューナーに依頼して魔改造して貰い、何重にも調整が加えられた歌声で『歌が得意』と言い張るつもりだったのだが…………今のおれであれば、生の歌声でも充分いけそうな気がする。



「なぁなぁモリアキ、おれもしかして『歌ってみた』できるんじゃね? 次の動画手っ取り早くにす…………モリアキ? 前! モリアキ前! 進んでる! 青!!」


「っは!? 危ねぇ! ちょっと先輩勘弁して下さいって! 何してくれてんすか本当にもう!!」


「ぇええええおれが悪いの!!?」



 いきなり罵声を浴びせるなんてひどい。いったいおれが何をしたというのだ。

 おれはただ……神曲を上機嫌で歌っていただけなのに。


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