第20話 【事件現場】解決!解決です!





 とりあえず解ったことは……強い『願い』を含んだ感情に反応し、あの『種』は根を拡げるらしいということ。


 『種』そのものは自ら移動することが出来ず、宿主に寄生することで活動範囲を広げるらしいということ。


 そして……『種』が発芽すると宿主の『願い』を助長するため、この世ならざる能力チカラを授ける反面、理性が薄れ欲望に忠実になるらしいということと……




 宿主の欲望願いに呼応する『種』が成長を続けて『苗』となり、更に成長が進むと…………とてつもなくが起こるのだという……まぁ、これは予感だった。






「…………先輩のリ美肉リアル美少女受肉も、その『種』のせい……ってことっすか?」


「解んないんだよなぁ……とりあえず『苗』みたいなのは生えて無さそうだし、寄生されちゃいないみたいだけど……」


「でも…………関係無くはない……っすよね、多分」


「やっぱそう思うよなー。何かしら関係ありそうだよなー。……タイミング的にもな」




 煎餅をこりこりと齧りながら現状把握のすり合わせを行いつつ、なんとはなしに大きめの液晶テレビをぽーっと眺める。


 やっぱりというべきか何というか、どの局も銀行襲撃事件の続報一色だった。犯人の動機や得体の知れない力の謎について論議が交わされ……併せて『現場に突如現れ事件を解決に導いた謎の魔法使い』の正体についても、様々な推測と持論を展開していっている。




『ご覧いただけますか? ここでカメラが一旦銀行の入り口に向いてですね…………再び遠景に戻ったときには、ほら! さっきまで誰も居なかった屋上にですよ守山さん! いきなり現れましたよ!』


『ええ、驚きですね。……しかしやはりというか、この人物なのですが……明らかに輪郭がぼやけているんですよね。周りのこの、給水タンクですか? それとか配管類なんかはハッキリと映ってるのに……この人物だけ明らかに霞んでるんですよね』


『その後この謎の人影は…………軽い足取りで給水タンクから飛び降りてですね。…………ここです。何の躊躇いもなくビルから飛び降りたんですよね』


『七階建てでしたっけ。……ちょっと僕には無理ですね』


『当っったり前でしょう! 誰だって無理ですよ!』


『一方でこの謎の人物は…………全く危なげなく着地しましたね。すぐさま被害者男性を抱え起こし――――』



 さっきから繰り返し繰り返し映し出されるのは、上空をホバリングしていた報道カメラによって捉えられた一部始終……おれが姿を表し、ボコられる支店長を庇って警官に預け、単身銀行内部へと歩を進めるところまでの、一連の映像。

 思っていたほど映像のブレは少なく、鮮明な映像にヒヤッとしたのだが……展開してあった【陽炎ミルエルジュ】のお陰で、細部は全くわからない。


 顔も背丈も、身に纏っていたコートの柄さえも満足に見て取れず、せいぜいが『人間の形をしている』程度の情報しか得られないだろう。

 思っていた通り……この映像からおれの正体に辿り着かれることは無さそうだ。




「そっすね。バレるとしたら先輩が助けたっていう、その支店長さん……それと例の『宿主』さんあたりっすかね? バッチリお顔見られちゃったんでしょ?」


「ウ゛ッ…………」



 ……そうだ。そうなのだ。

 瀕死の重症を負っていた支店長を治す際に、タスクに余裕を持たせるため【陽炎ミルエルジュ】の魔法を解除してしまっていた。

 そのため怪我が完治して目を覚ました支店長には、介抱するおれの顔をバッチリ見られてしまったし……更に極めつけは『苗』の宿主にされていた、彼だ。


 レターケースの直撃を受けてフードを下ろしていたのに加え、カウンターの下で身の上話を聞かせてもらったときなんかは、二人ならんで体育座りだったのだ。

 すぐ隣にいたおれの顔はバッチリ見られていたことだろうし、なんと耳まで晒してしまっている。


 おれの容姿に関する情報が流れ出るとしたら……その二人からだろう。




「ところで先輩、その『宿主』さんは大丈夫だったんすか?」


「ああそう。なんかさ、警官隊の人が何人かで銀行に来てなかった?」


「あー見ました見ました。責任者っぽい人と何人かで」


「そうそれ、その責任者っぽい人。春日井かすがいさんって言うらしんだけどさ。ちゃんと彼の事情も説明してしといたから、多分いい感じに取り計らってくれると思う。情報収集は彼が目を覚ましたらで良いかなって」


「ちょ、先輩……まじすか」




 あの後……気絶してしまった彼は、結局のところ警官隊に預けることにした。

 世間的に見れば、世紀を揺るがす『悪の魔法使い』なのだ。まさかおれがこっそり連れて帰るわけにもいかないし、かといってそのまま知らんぷりで放置するのも後味が悪い。



「あの、先輩」



 この店舗に踏み込む直前お願い脅しに使用した【伝声コムカツィオ】を再び、先程と同様責任者っぽい人間に繋いだ。

 なかなか話のわかりそうな彼に『犯人が気絶したので拾いに来い、ただし何者かに操られていた被害者だから丁重に』と伝えたお願いしたところ…………何人かの重装警官に守られるように、責任者氏が到着した。



「えっと、先輩?」



 複数人の接近を感じ取り、このときはちゃんと【陽炎ミルエルジュ】も【変声シュトムエンダ】も使っていた。だから当然、警官隊にもおれの姿は知られていない。

 気絶した彼が担架に載せられている間に責任者氏を取っ捕まえ、冤罪からここに至るまでの経緯を簡単に説明し……くれぐれも酌量の余地を設けることと、彼が目を覚ました暁には彼と話をさせることとを、半ば頼み脅し込んで無理やり承認させた。



「…………ちょっとあの、先輩?」



 その後は、犯人の彼が載せられた担架にカメラが向いた隙に、【陽炎ミルエルジュ】を纏ったまま西側出口からこっそり抜け出し、【加速リシュトルグ】を使ってマンションの裏手に引っ込み、そのまま【浮遊シュイルベ】で三階まで浮かび上がり、再び玄関から烏森かすもり宅に転がり込んで……ほっと一息ついたところだ。


 思わぬ遭遇ではあったが、他にもおれのが居たということを思い知らされた。経緯を知るにしても対策を立てるにしても、実際に『苗』に寄生された当事者である彼の情報は、間違いなく非常に重要なものだろう。

 あの『種』の情報を得るためにも、早く彼に目覚めて貰いたいものだ…………って。



「どした? モリアキ」


「いや……どうしたじゃなくって…………情報収集? 会いに行くんすか? ……警察署に?」


「うん。あっ」


「………………何のために姿隠してたんすか……そもそもどうやってアポ取るつもりだったんすか……」


「えっと、えっと、あの」


「その格好で警察署行くつもりっすか? 何て言うんです? 『浪銀なみぎん襲撃事件の犯人に会いに来ました』とか名乗り出るつもりっすか? 即拘束されますよ」


「で、ですよね……」


「自覚してないようなのでお教えしますけど、世間は犯人以上に『事件を解決に導いた謎の魔法使い』に夢中なんすよ。ホイホイ名乗り出てってどうするんすか……」


「……深く考えてませんでした」



 ……仕方がないじゃないか。貴重な情報源だったんだもの。


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