第14話 【緊急事態】自然の摂理だもの




 質量保存の法則、というものがありまして。


 かいつまんで説明しますと……こと物理法則に従う限り、変化する『前』と『後』では総重量が変わらない、というものでして。



 身近な例で例えると、たとえば鉄が錆びる現象。あれは『鉄』が空気中の『酸素』と反応して『三酸化二鉄』という物質になるという変化であり……

 式で表すと『4Fe+3O2→2Fe2O3』、つまり『四つの鉄』と『三つの酸素』が合わさり『二つの三酸化二鉄』になる反応……らしいです。

 このとき鉄は空気中の酸素と結び付いているので、つまり錆びた鉄は結び付いた酸素の分だけ重量が増えているらしいです。……尤も、三酸化二鉄……つまり錆びた鉄はボロッボロ崩れやすいため、重さの変化を体感することは少ないらしいのですが。



 ……まぁ、に比べるほど難解なことでは無いと思うのですが……要するにですね。


 何がとは言いませんが……『入れた』その分だけ『出よう』とするのは……つまるところ自然の摂理なわけですね。




 昨夜遅く……いや今朝未明に急遽執り行われた宴会と、あの完璧な朝定食。あの量を身体に入れれば――多少は消化・吸収されるとはいえ――少なく無い量が『出よう』とするのも、まぁ当然なわけでして。





『先輩ーーーまだっすかーーー』


「ま、まだ!! 悪ぃ、もうちょっと……!!」




 わたくしは現在、先ほど烏森かすもり氏より譲り受け身に付けたばかりの下着パンツを再び自らの手で下ろし、便座に腰掛け排泄を行うという……いわば一大イベントに直面しているわけでございます。



 ……こほん。


 排泄を行うこと自体は、生物である以上当然の行為である。別段特に問題があるわけでもなく……かくいうおれも生まれてからこれまで三十二年あまり、お手洗いとは(幼少期を除き)一日も欠かさずお付き合いしてきた。

 しかしながら……股間部にということを認識してしまうと、一気に気恥ずかしさがこみ上げてくる。


 なにしろ『若芽ちゃん』の……小さな女の子の、股間部なのだ。




(出し終わったら……拭か、なきゃ……いけないんだよな……)



 は当然として、もきちんと拭かなきゃいけないという点……これは油断するとおざなりになってしまいそうだ。何しろ全く経験の無いプロセスなのだ。

 彼女いない歴イコール年齢であるおれにとって、触れたことはおろか見たことさえない乙女の聖域なのだ。そこに堂々と触れ、撫でまわすなど……女性経験のないおれにとっては、並大抵のことではなかった。

 ……かといって、ちゃんと拭かないと不衛生だということは知っている。男とは違い女の子はひときわデリケートなのだと、そっち方向に詳しい薄い書籍等で学んでいる。




(そーっと……そーっと…………んっ)



 おっかなびっくり丸めたペーパーを近付け、おそるおそる水けを拭う。ペーパーの触れた箇所から脊髄を駆け上がる未知の感覚を意識しないように気を強く持ち、下唇を軽く噛みながら強引にケアを終える。

 本当ならば、ペーパーで軽く拭う程度では不充分なのだろう。入浴の際にも丁寧に洗い上げなければならないだろう。烏森かすもり宅のお手洗いには暖房便座とウォシュレットがばっちり備わっており、その気になればボタン一つで今から洗うことも出来るのだろう。


 だが……さすがにまだは怖い。

 敏感なに一方的に温水を吹き掛けられるのは……それによってもたらされる刺激は、やっぱり怖い。




『せーーんぱーーーーい……』


「ああっ!! 悪い! もう出るから!!」



 前と後ろを拭き上げ、洗浄レバーを下げる。急いで(ちょっとだけ大きい気がする)下着パンツを引き上げ、ローブのスカート部分を下ろし、軽く自身を見下ろして服装に問題ないことを確認する。


 据え付けてあった消臭スプレーを軽く噴射し、いやなにおいを消し飛ばす。……これでよし。




「ごめんお待たせ……大丈夫か?」


「なんとかセーフっす。……むしろ先輩こそ大丈夫でした? 拭いたりとか」


「ははははは(目そらし)」


「ッッ、ゥオオオすみません失礼します!」




 曖昧に笑ってごまかすおれの横をすり抜け、烏森かすもりがお手洗いに飛び込む。……まぁ、俺とほぼ同じ量……いや、大きく胃の縮んだおれよりは明らかに多く飲み食いしておいて……わけが無いよな。

 もたもたしていたおれが長時間個室を占有していたせいで、彼の尊厳はどうやら決壊する寸前だったらしい。


 ……本当に、間に合ってよかった。


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