第13話 【非常事態】やっぱ恥ずいわ!




 ……なんということはない。どうやらトルソーに着せる用に調達した、作画資料用のパンツだったらしい。



 彼に導かれるまま仕事部屋に足を踏み入れ、クロゼットを開ける。

 するとそこにはプラスチック六段の衣装ケースと、その隣に鎮座するトルソー――ヒラッヒラのロングワンピースをお仕着せさせられた胴体部分のみのマネキン人形――が収められていた。


 おもむろに烏森かすもりがロングワンピのスカートをめくると……なるほど確かに。つやつやしたプラスチックの白い素肌を覆うように、薄ピンクのパンツが履かされている。




「いやーその……このトル子ちゃんに着せる用にパンツもですね、デザイン別で何枚か買っといたんすけどね。…………ぶっちゃけ皺の入り方とか影の付き方を見る分には、履かせる一枚だけあれば充分だったっていう……」


「まぁ……柄とか質感とかは履かせなくても解るからな。カタログとかでも良いわけだし。…………なるほど納得した。おれはてっきりモリアキが女装に目覚めたのかと」


「いやーオレは見る専描く専っすわ。ああいうのは向いてる子がやるべきなんすよ。オレは違うっす」



 などと宣いながら衣装ケースの引き出しを開け、大手通販サイトのロゴが押されたメール便の封筒を引っ張り出す。その中に収められていたのは……確かに未開封らしい女性用下着。

 広がった状態で一枚一枚フィルムで梱包されており、大きさと柄がよくわかる。確かにこのサイズなら丁度良いだろう。……ほんの少しだけ大きいかもしれないが。


 いや、それにしても……作画用の資料と言われればそれまでなんだが……なんというか、予想外というか。



「……いや、まぁ…………そういう反応される気もしてたんで、なるべくなら身内にも隠したかったんすよね。……ただ、落ち着いて考えたら先輩着替え持ってるわけ無いし……着替えたいでしょうし…………オレも知っちゃった以上、見て見ぬふりは出来ませんし。今先輩の助けになれるのは、オレだけな訳ですし」


「おま…………神か……」



 困ったように笑みを浮かべながら女児用下着パンツを差し出す、三十代の独身男性。

 世間的に見れば明らかにアウトな光景だろうが……今のおれにとっては間違いなく、この上なく神々しい存在だった。


 あぁ……わが神はここに居た。




…………………………………………




 無事に下着パンツを手に入れ、下半身の安寧を享受することが出来た。上半身は地肌にローブなので万全とは言い難いが、下着パンツ一枚身に付けただけでも安心感は桁違いだった。

 まぁ確かに、上半身裸には慣れているがノーパンFullChinには抵抗があるし……そういうことなのだろうか。まぁもう俺にChinChinは無いんだが。ハハッ。




「いただきます」


「はい。どうぞ」



 気を取り直して、念願の朝ごはんに取りかかる。

 誰が見ても完璧であろう、抜かりの無い朝食メニューに……深い深い感謝を捧げながら箸を伸ばす。


 この品々を用意してくれた烏森かすもり本人はしきりに謙遜していたが、独り暮らしの男性がここまで用意できる時点でまず尊敬に値する。

 おれ自身も料理は好きなほうだが、あくまで趣味として嗜む程度。凝り性だが手際は悪く、日常的な食事の支度はどちらかというと苦手なほうだ。

 だが一方、烏森かすもりはひたすらに手際が良い。一汁三菜プラスアルファを僅かな時間で揃えるなど、独り身にしておくのが惜しい逸材だろう。


 曰く『米研いでスイッチ押すだけっすよ』という白米はまだ良いとして……曰く『塩振っといたのをロースター並べてタイマー捻るだけっすよ』らしい鯖の塩焼き、曰く『測って混ぜて焼くだけ、だしの素サマサマっすよ』らしい出汁だし巻き玉子、『刻んでえて味整えるだけっすよ』らしい胡瓜とワカメの酢の物、『これなんかお湯で溶くだけ、楽々っすね』らしいお味噌汁。

 おまけにおかわり用のごはんと生卵が添えられ……ぶっちゃけお金払うレベルの見事な朝定食なのである。



「しあわせ。おれモリアキのお嫁さんになる」


「先輩それマジ洒落になんないんで! 自分が今バチクソ可愛いロリエルフだっていう自覚を持って! ちょっと女の子ムーブつつしんで下さい!」


「お、おう。悪い」


「……はぁ。……ハチャメチャに可愛いロリエルフなのに言動が先輩なんすもん。思考がバグるんすよ」


「ホントすんません。気をつけます」


「ほら、冷めますよ。早く食べちゃって下さい。食べ終えたら色々と考えなきゃならんでしょ」


「ウッス。了解ッス」




 内面だけならおれよりも遥かに女の子ムーブだよな……とは思ってても言わない。そもそも仮想配信者わかめちゃん公式絵師ママなことは周知の事実だし。


 やさしいママのご機嫌を損ねないためにも、俺は朝ごはんを残さずおいしく頂くことに集中するのだった。





 ……それが、この後の悲劇を後押しすることになろうなど、考えてもみなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る