第10話 【作戦会議】どうしたらいい?




「それはそうと……これからどうすんですか? ……先輩」


「んも?」



 二本目の缶酎ハイを空けた上で料理をあらかた堪能し、シメの玉子雑炊をはふはふと掻き込んでいたおれに、どこか神妙な顔で同志烏森かすもりが切り出した。

 ちなみにこの玉子雑炊はおれの要望わがままを聞いた彼が、卵とレトルトごはんと中華スープペーストを駆使してほんの五分で仕上げてくれた一品だ。超早いくせにふつうにうまい。すき。



 それはそうと……どうするのか、か。


 『出来ればシャワー借りて、あわよくば泊めてほしい』……とかそういう回答を想定しているんじゃ無いってことくらいは、酔いの回ったおれの頭でもさすがに想像がつく。

 『引き続き配信を続けていきたい、収益化目指したい』とか、そういう回答を求めてるんじゃないことも解る。そもそもこれは根幹の行動指針であり、おざなりにするという選択肢は最初から無い。


 それら以外が示す『これから』。

 彼の性格を鑑みるに……おれの身の上を心配してくれてるというのが、気恥ずかしいが正解だろう。



「ぶっちゃけ……原因が解んねえからな。元に戻る方法を探そうにも、前例無いだろこんなの」


「まぁ、聞いたこと無いすね……おじさんが美少女になるとか、それこそ創作ファンタジーのお話っすよ。てか原因解んないんすか? どうしてこうなったか」


「解んねんだよな。死のうとしてベランダに出たまでは覚えてるんだけど……気がついたらこう」


「え、ちょ、ちょ、ちょ!? 死……えっ!?」




 そういえば……あの大事件のことを彼に伝えていなかった。

 ここ半年の仕込みが一瞬で消し飛んだ、あの悪夢のような事件。嵐によるものか落雷によるものか解らないが、突然の停電に端を発する『木乃若芽』消失事件。


 その前後関係を改めて……当時のおれの心境を可能な限り思い起こしつつ、同志でありもう一人の『産みの親』であるモリアキに伝える。




「……ってな感じで。もう本当、気が付いたらこうなってたとしか言いようが無くて。何が起こったのかとか全く解んなくて」


「ええと、つまり…………その……『願いが叶っちゃった』ってコト……っすか?」


「…………そう、いう、コト……なのか?」


「さぁ…………」



 他に心当たりが浮かばない以上、そう考えるのが一番しっくり来るような気がする。どういう因果かおれの願いを……『俺の代わりにが生きていれば良いのに』という嘆きを、何者かが聞き届けてくれたらしい。


 そこまで考えて……ふと疑問が浮かぶ。

 よくわからない超常の力によって深層心理の望みを叶える、謎の存在……そいつによって願いを叶えられた者は、果たしておれだけなのだろうか。



「モリアキは……何が変化っていうか、『願いが叶った』みたいなのあるか? 昨日の夕方、何か無かったか?」


「やー特に無いと思います。昨日の夕方は…………ですね。納品近い案件あったんで」


「……誰でも『叶った』って訳じゃ無いのか…………って、締切大丈夫なのか!? ……わるい、そんな忙しいのに」


「大丈夫っすよ、もうほぼ完っす」


「ほんとごめん。埋め合わせすっから。おれに出来ることあったら何でも言ってくれ」


「先輩今何でもって言いましたよね?」


「常識の範囲内で何でも言ってくれ」


「ですよねぇー!!」



 とりあえず解ったことは……到底理解が及ばない現象であるということだけ。対処法はおろか原因さえも不明、元の身体に戻れるのかどうかも不明。しかし『願いを叶えてもらう』プロセスが不明である以上……まぁ、正直望み薄だろう。


 幸いというべきか、日常生活を送る分には問題無さそうだった。この身体でもいつも通りの行動を――運動も呼吸も食事も会話も――何不自由無く行うことができる。

 最大の懸念であった『配信』を行うためのアバターに関しても……3Dモデルではなくのおれだったとしても、『木乃若芽ちゃんこのキャラクター』ののお陰だろうか、問題なくやっていけそうだと思う。




 というのも……仮に、仮に謎の存在によって、おれの願いが叶えられたのだとして。

 おれが願ったことは要するに、おれ自身が『若芽ちゃん』というキャラクターになる、ということ。


 つまりは、この『若芽ちゃん』と成り果てたおれには、『若芽ちゃん』のキャラ作りとして設定してあった情報が、すべて反映されているのではないだろうか。



 『様々な魔法を容易く操る、幼げな見た目に反して超熟練の魔法使い』『魔法情報局の局長として番組を完璧に仕上げ、放送をスムーズに完遂させる技量を持つ』『総じて極めて器用な反面、ふとしたことで心の平静を欠くと途端にポンコツと化す』『実年齢百歳だからとお姉さんぶってるが、人間年齢換算ではまだ十歳相当』等々々などなどなど……『若芽ちゃん』を魅力的なキャラクターとするために仕込んだそれらの設定ごと、おれの身体にフィードバックされたのだとしたら。


 放送開始直前になって急に心が落ち着いてきたのも、完全に忘れてしまったはずの台本がはっきり頭の中に浮かび上がったのも、放送に必要な吹出バルーン看板テロップを『魔法』を駆使して意のままに操れたのも、器用な性格とポンコツな性格の二面性を垣間見せたのも……全てそれらの『設定』ごとキャラクターを引き継いだからだ、ということなのであれば。



 計画を進めていくにあたって、非常に大きなアドバンテージとなるであろうことは……想像に難くない。




「…………モリアキ」


「はい?」


「……おれの配信、さ? その…………お、おもしろかっ」


「おもしろかったです!!!」


「おおう!?」



 若干食い気味に告げられた感想に少々面食らうも……そのまっすぐな感想は間違いなく嬉しかった。

 神絵師イラストレーターとして生計を立てている彼は、こと創作に関しては非常にシビアかつストイックだ。仲間内での合宿や披露会でも――遠慮の不要な間柄の者には――遠慮無く意見や指摘をぶち込んでくる。しかも彼自身の技量自体は『神』と呼ばれ敬われる程……指摘された箇所は実際じつに理に適っている上に理解しやすく、指摘される側にとっては非常にありがたい指導なのだ。


 ついた愛称は……モリペン先生。

 そんなモリペン先生が太鼓判を押してくれたのだ。これは小さくない自信の源となるだろう。



 この身体アバターの性能であれば……モリペン先生お墨付きの『おもしろい』配信を続けていくことも、恐らくはそう難しく無いのだろう。




 ……まぁ、それはそうとして。


 当面の行動方針と現状把握を済ませ、以前と変わらず頼れる同志を再認識し、とりあえずひと安心するとともに……激動の一日を乗り切った身体が、ついに限界を迎えたようだ。




「ぐ…………モリアキ、ごめん。……どっか寝るとこ借りていい?」


「あらら……先輩、おネムっすか?」


「もうらめぇ、(眠気)しゅごいよぉ、もぉわらひ(意識)とんじゃうのぉ」


「今その身体で言われると割とシャレになんないですって。……いつもの客間使っていいすよ。布団も確かちょっと前に干したばっかなんで」


「……や、汗かいてるから……汚すと悪いって。バスタオル貸してくれ、それ敷いて床で寝る」


「何言ってんすかそんな……疲れ果てて玄関で寝るオッサンじゃないんすから」


「ばか野郎おれはおっさんやぞ。なめんなよおれ床でだって余裕で寝るし。なんならパンいちで寝るし」


「何の張り合いしてんすか……後生っすから服は着ててくださいよ……」



 何だかんだ言いながら彼は洗面所へ消え、すぐに戻ってくるとその手には大判のバスタオルを抱えている。以前のおれならばともかく、今のおれならば充分に敷布シーツ代わりに使えるサイズだ。

  モリアキはそれを二枚重ねて広げ、ソファとローテーブルの間、毛足の長い絨毯の上に敷く。



「はいはい寝床の準備が整いましたよー」


「うむ、くるしゅうない」



 お言葉に甘えてもぞもぞと横になり、ここまで着てきたダッフルコートを掛け布団代わりに被る。

 絨毯の恩恵か二枚重ねの賜物か、意外なほどに心地よい。どんどん身体と瞼が重くなり、あとほんの数瞬で眠りに沈むことを本能が察する。


 ……そういえば、食いっぱなしの飲みっぱなしだ。準備から後片付けまで、結局全て丸投げしてしまった。



「もり…………わり、かたづけ……」


「いいすから。……疲れたでしょう、休んで下さい。もう夜遅いです」


「んん…………あり……がと」



 結局お礼さえまともに告げられないまま……おれの意識は深い眠りに沈んでいった。



 ……起きたら、がんばろう。

 あと……いっぱいお礼言おう。



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