第6話 【現状確認】わーたすけてほしいー
現状を認識してしまったとはいえ……それが納得できるか、受け入れられるかどうかとは、また別問題なわけで。
未だ戸惑いを払拭しきれず、我ながらのろのろとした動きでスマホを操作し
今のおれじゃ、ろくに考えることさえ出来やしない。
おれ以外の他の誰かの、第三者の意見を聞きたい。
この状況を相談できるとしたら……あいつしか居ない。
表示された連絡先と、そこに連なるこれまでの送受信履歴。その一番下に新たに追加されていた一文『初体験お疲れ様っす! 凄かったすよ! 色々と!!』が目に入り……自然と頬が緩む。
……やっぱり。彼はちゃんと見ていてくれたんだ。
あの子の晴れ舞台、記念すべき初めての配信を。
表示された連絡先、あいつの名は、
大学時代の後輩にして、前職時代の後輩にして――
この『木乃若芽ちゃん』計画における、頼れる同志なのだ。
(あいつなら……きっと…………笑わないで聞いてくれる)
彼にならば、おれの置かれたこの状況を打ち明けられる。期待と願望を胸に抱き、『相談したいことがある』『今から会えないか?』とメッセージを入力、送信する。
とはいえ既に真夜中も真夜中、時刻は零時も程近い。いくら今日が金曜日であり、世間的に明日は休日であるとはいえ、常識的に考えればこんな時間から会おうだなんて、失礼にも程がある。
やっぱり明日にすべきだろうか、などと考えていたらものの数秒で既読表示が付き、極めて軽いノリで『オッケー』の
(……『ツマミ用意して待ってますよ』『代わりに酒はお願いしますね』、か)
こんな夜更けに『会いたい』なんて、どうやら『記念すべき初配信を成功させた祝杯を上げたがってる』と思われたらしい。
それ自体はあながち間違いでもないので、特に訂正しなくても良いか。……むしろ、悪くない。酒でも入れなきゃやってられない。
幸いに先方の許可を得られたので、そうと決まれば善は急げだ。すぐにでも家を出よう。彼の家は隣の区なのでそんなに時間は掛からないだろうが、そもそも既に夜遅くである。あまり彼を待たせるのも良くないだろうし……何より今一人で居ると、おれ自身がどうにかなってしまいそうだった。
体を起こして床に着地し、【
以前は膝上くらいだったコートの丈は、今となっては辛うじて足首が出ている程度。袖に関しては完全に手遅れだろう、真っすぐ伸ばしても指先さえ外に出ない。
だがしかし他に手段が無いのでどうしようもない。今着ている
現代日本の町中にはまずそぐわないであろう……魔法使いのローブと、この長髪。この両方を同時に隠すために、このダッフルコートは都合が良いのだ。多少のサイズオーバーには目を瞑るしかない。
とりあえずスマホと財布を引っ掴んでポケットに入れ、鍵束を手に取り玄関へと向かう。
玄関土間には男物の……というかおれの靴が散乱しているが、残念なことにそれらの全てがサイズ違いだ。若芽ちゃんの正装として
……というか今の今まで室内で靴を履きっぱなしだったのか。まぁ配信中も履いてただろうし当然か。仕方ないか。
二時間動き回って解ったことだが、革のブーツは擦れると痛いし、汗をかくと当然蒸れる。お洒落だからとはいえ革ブーツを涼しい顔で着こなす(履きこなす?)方々は、本当にすごいと思う。
履き慣れない靴での外出は気が引けるが、他に履ける靴が無いので仕方ない。どうせ
(…………いい加減出よう)
考えるべきことが多すぎるので、一旦全ての思考を保留する。
随分と目線に近くなったドアノブを捻ってドアを押し開け、小さくなった身体を隙間に滑り込ませて扉を閉める。なにぶん深夜なので音を立てないように、慎重に扉を閉じて鍵を掛け、フードをしっかり深く被って、外廊下をエレベーター目指し進んでいく。
(…………さっぶ)
季節は既に秋から冬へ、気温は日に日に下がっている。そんなに北国でも豪雪地帯でもないが、夜ともなると冷え込みは無視できない。
どう考えてもサイズ違いの防寒着では首もとから入り込む冷気を防ぐことが出来ず、また大きな空洞となっている胴回りも空気が通り抜け、汗をかいた身体から確実に体温を奪っていく。
どう対策すべきか、引き返すべきかを悩んでいるうちにエレベーターが到着してしまい、開いた扉からつい反射的に乗り込んでしまう。三方を壁で囲まれた小空間では風の流れも止み、おかげで肌寒さも幾分か和らいだ。
これならまぁ大丈夫かと深く考えずに『1』のボタンを押し、籠内カメラ越しにモニターに映る自分の姿をぼうっと眺める。片開きの扉が閉まるとエレベーターはゆっくり下降し始める。
(…………おれ、だよな)
階層表示が順番に数を減じていく間、天井隅のカメラ経由で、解像度の低いモニター越しに自分の顔と見つめ合う。
フードの合間から覗く翡翠色の綺麗な髪も、丸みを帯びた頬から顎も、そもそも背丈からして大きく違うこの身体も……まごうことなき自分の身体だ。
ほんの僅かな時間で『1』階に到着し、がたがたと音を立てて片開きの扉が開かれる。
扉の外は静まり返り、最低限の灯りが申し訳なさげに玄関ホールを照らしている。
視点が大きく下がったからだろうか。今まで当然のように通ってきた筈の空間が、薄暗く照らし出された冷たい石貼りの壁が、壁面にずらりと並んだ無機質な郵便受けが、全てが変わってしまったように感じられる。
頭を振って不安を押し出し、意を決して外へと踏み出したが……なぜだか震えは止まらなかった。
きっと寒いからだ。そうに決まっている。
……そうに、決まっている。
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