第4話 【初回配信】はじめまして、わたし
「
そして、賽は投げられた。……いや。
自分の手で、自分の意志で、思いっきり投げてやった。
二十一時〇〇分……記念すべき第一回の生放送、晴れやかなその幕がついに上がる。
先週の試験放送とは異なり……演者は3Dキャラクターアバターではなく、『木乃・若芽ちゃん』と成り果ててしまった俺自身。ソフトの中で表現されたフルデジタルな電子スタジオではなく、背景は自室の
白の壁紙がぴしっと張られた部屋の壁以外、一切の
可愛らしい身振りとともに名乗りを上げ、可愛らしいフォントで『
細長い板状の具現化魔力塊に『
「はいどーも。どーもどーも。んふふ。ありがとうございます。……えへへ、ニホン国語上手でしょう? わたしいっぱい勉強しましたので。こう見えて頭は良いんですよ?」
聞こえもしない
配信ページのコメント欄は少しずつ勢いを伸ばし始め、スクロールされる速度も視聴者数もじわりじわりと上がっていく。
ほんの数分前までは出口の見えない真っ暗な洞窟に迷い込んだような心境だったのが嘘のように……この初めての配信を
だが……今は
この初めての放送、初めての舞台。俺の愛する娘『木乃・若芽』という少女の、はじめましての誕生日。
一生に一度、晴れの門出を成功させること……今はただそれだけを考え、最善を尽くす。
我が身に降りかかったあまりにもあんまりな事態に頭の中から吹き飛んだはずの台本は、
「この番組、魔法情報局『のわめでぃあ』では、このわたしが集めた様々な耳寄り情報を、人間種の皆さんにお届けします! グルメ、芸能、サブカル、旅行、他にもさまざま! 皆さんの生活がより豊かに、より楽しくなるように、『のわめでぃあ』局長であるこのわたしが! 精一杯お手伝いさせて頂きます!」
先程の名前の看板同様、ジャンルごと色分けされた
勿論、いわゆるネットニュースやワイドショーのようなリアルタイムの時事ネタを組み込むほどの
だからといって指を咥えて見ているような真似も、手を抜くようなこともしない。頻度と鮮度で勝てないのなら、よりニーズに合致した番組を提供する。視聴者の『観たいもの』を動画サイトのアンケートや
……それが、とりあえず当面の目標である。
「今回の放送は『はじめまして』のご挨拶も兼ねていますので、皆さんのお声も頂戴したいと思います! 当放送局に取り上げてほしいこと、やってみてほしいこと。そんなのがあったら、ぜひぜひコメント下さいね! ……そうですね。せっかくですし……このわたし『若芽ちゃん』に対するご質問も……ちょっとだけなら、答えちゃいますよ?」
若干前かがみで上目遣いにカメラを覗き込み、可愛らしく小首を傾げて片目を瞑り、控えめながら美しい胸元をアピールし、桜色の唇をカメラと同軸のマイクに近付け、これまたあざとさ溢れる誘い文句を台本通りに小声で
……と同時。
配信サイトのコメント欄とリンクするスマホが物凄い速度でスクロールし始め、新着コメントの
さりげない動作で異常を告げるスマホを手に取り、そこに示される若干とはいえ予想外の展開に、完璧に
その微細な心境の変化を敏感に察知し、
「ふぇっ!? え……ふゃっ!? ひょ、ちょっと!? 『そういうの』はまだ早いです! ……じゃなくって!
手に取ったスマホ、そこに表示されるコメントの一つに途端に顔を赤らめ……控えめな胸と下腹部を隠すように己を抱き、後ずさるように距離を取る。カメラから離れたことで上半身だけでなく足元までもが映り込み、長い髪と背丈の小柄さが明らかになる。
未発達な少女でありながら女性らしさを垣間見せるローブは、明らかに鼓動を増したこの身体をしっかりと隠しているようで……しかしながら身体のラインに沿って立体縫製されたこの衣装は、見ようによっては下手な水着よりも艶めかしい。
「ち、違いまひゅ! 赤くないですし! ……は、恥ずかしがってなんかいませんし? わたしはこれでもひゃく…………えっと……いっぱい、いっぱい歳を重ねた
更に加速していくコメントの濁流を一つ残らず目を通しながら、どう考えても経験豊富には映らぬであろう
コメント閲覧用スマホから手を離し宙に浮かべ、耳の先まで真っ赤に染まった顔を手で覆うように隠し、狙い通り初々しさ溢れる『恥じらい』を表現する
その可愛らしい姿を称えるコメント、健気な姿を応援するコメント、単純な言葉で好意を表現してくれるコメント……それらの音無き声援を受けて確かな手応えを感じるとともに、『この配信を何としても成功させなければ』という確固たる意志が、改めて大きく育ち始める。
「も……もう!
今の俺が抱く、確たる『願い』――皆に愛される我が娘をこの世界に誕生させる――それを叶えるために気合を入れ直し、取り乱していた思考を落ち着かせ、意識して
若干の顔の火照りは残しながらも……熱に浮かされていた思考は落ち着きを取り戻し、進捗度と注釈入りの台本が再び頭の中に浮かんでくる。魔法放送局の
先程から……それこそこの放送が始まる前から、この身体に抱いていた
大切なことは、ただ一つ。
今日のこの放送を成功させる……それだけだ。
「……こほん。お見苦しいところをお見せしました。わたしもちょっとびっくりです。……こんなに、こんなにたくさんのコメント……皆さん本当にありがとうございます! ……そうですねー……それでは、せっかくなので……
堂々としたポーズで指をひとつぱちんと鳴らし、可愛らしい筆跡で『ざつだんコーナー』と書き記された
せっかく少なくない視聴者が興味を持ってくれた、この『木乃・若芽』ちゃん……練りに練った
「質問は随時受け付けてますので、どしどし送って下さいね! わたしはとても賢いので、皆さんのコメントこのように……
『木乃若芽』ちゃんを詳しく知って貰う絶好の機会。是が非でも成功させたいし……何よりも本心から『この子をもっと知ってほしい』と思っている。絶対に失敗するわけにはいかない。
「『何歳ですか』、って……初対面の女の子に年齢聞くとかちょっとどうなんですか人間種諸君……これ普通なの? えーそうなんだ……ちょっと衝撃的……えっと、こほん。うーん……まあ良いか。ひゃく……違った。えっと……はい。『人間種換算で一〇歳』です」
「『本当に
「『演出すごいですね、魔法みたい』。ンフフフ……あなた見どころありますね! そうでしょうそうでしょう! このわたし若芽ちゃんは超超超熟練の魔法使いですので! 華麗な魔法さばきに見惚れるが良いですよ!」
「『好きなものは何ですか』。いいですね! 雑談枠って感じします! えっと……わたしはこの世界に来て日が浅いのですが……あれはおいしかったですね! 『カツドン』! 好きです! あとは『ヤキニク』とか『ハンバーグ』とか! 『ヤキトリ』もいいですね!」
「『娘さんを僕に下さい』……って! 何ですかこれ! 居るわけ無いでしょう! わたしまだ百歳ですよ!? …………? ……間違えた!! 一〇歳ですよ!!?」
「『わかめちゃんめっちゃかわいい』。ほんとですか! ありがとうございます! お名前覚えました!!」
「『わかめちゃんパンツ見えないよ』当たり前でしょう!? 何『見えて当然』みたいな言い方してるんですか!?」
「『一〇才児なのにお姉さんぶるの可愛い』。わたしのほうが歳上なので当たり前です! ちゃんとお姉さんです!」
「『ちっちゃいマッマ』
………………………………
……………………
充分な機材と自由自在の魔法を駆使し、リアルタイムで演出を加えながら配信は続いていく。
ときに落ち着いて、ときに取り乱し、何度かの小休止を挟みながらの生放送は――
放送開始から丁度百二十分後……二十三時。
見事な
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