part.2 リタの恋人
海外の人はクリスマスを家族で過ごすというような話をどこかで聞いたことがあるが、僕の周囲に関していえば、その話は真実ではなかったらしい。二十四日のパブは大勢の若者でにぎわっていた。店の真ん中には、オーナメントと電飾で飾られた、大きなモミの木が幅を利かせていた。
「幽霊とかマジで言ってんの?」
パーシヴァルは言った。アーサー王伝説の誇り高い騎士と同じ名を持つこの男は、頭をパンクかぶれのモヒカンヘアーにしていた。外見に似合わず英米文学を専攻していて、日がなワイルドやディケンズの研究に勤しんでいた。
「信じないのか? 僕は実際に見たんだよ」
「時は二十世紀だぞ。空には飛行機が飛んでいるし、研究室ではコンピュータが演算処理をしている。クリスマスに亡霊なんてさ、『クリスマス・キャロル』じゃないんだから。おまえはスクルージおじさんかよ」
パーシヴァルは笑い飛ばすと、ジャッキを空にして次の一杯をオーダーした。スピーカーからはフランク・シナトラの「ホワイト・クリスマス」が流れていた。
大家さんは幽霊をごく身近にあふれたものとして扱っていたが、辛辣な学生であるパーシヴァルは違った。幽霊なんてナンセンス。僕は僕が見たものに自信がなくなってきた。
「ションベン」
そう言い残して、パーシヴァルはスツールから立ち上がった。そのすぐ後にスツールがきしみをあげたので、僕はやけに用を足すのが早いなと思ったが、顔を向けるとそこにいたのはパーシヴァルじゃなかった。
「ジンをちょうだい。トニックで割って。ライムをしぼってくれるかしら」
ウエイターはうなずいた。
見慣れない女の子がそこにいた。当時ゴスロリという言葉は僕のボキャブラリーにはなかったけど、まさにそんな格好をしていた。黒いヘッドドレスに、スカート丈の短い黒のワンピース。白黒しま模様のストッキングをはいていた。鼻は高く、亜麻色の長い髪が肩まで伸びていた。目元は黒い
女の子は僕をじっと見つめた。知り合いだったかと記憶を探って脳をフル回転させた。やっぱり知らない子だった。
「私はマーサ。ねえ、さっきの話ちょっとよく聞かせてくれない?」
彼女は僕の方を向いて言った。ぐっと顔を近づけてきたものだから、鼻先と鼻先がふれあいそうだった。温かい国に咲く花のような香水の匂いが漂ってきて、胸をざわつかせた。
「さっきの話って何のことだい?」
「言ってたじゃない。幽霊を見たって。その話よ」
「ああ、そうだね」
「詳しく聞かせてよ」
「すまないが、連れがいるんだよ」
「連れってモヒカンの背の高い男のこと?」
トイレの方に視線を向けるとパーシヴァルの姿があった。やつはジュークボックスのまえで女の子をナンパしていた。手が早いやつなのだ。これで、やつのことは気にせず会話を進められる。僕はマーサの求めに応じて話をした。
「ふうん、なるほどね」
マーサはカウンターの上に両手を置き、何か考えこんでいた。その横顔は美しく、近代文学史のミューズであるサラ・ベルナールを思わせた。
「私の亡くなったひいおじいちゃんなんだけどね、どうやらそのリタって人の恋人らしい」
「えっ。どういうこと?」
「日記が出てきたの」と言って、マーサはジン・トニックで舌を湿らせた。「古い日記がね。そこに書いてあった。若いころ病気がちな恋人を置いて遠洋に漁に出かけたんだけど、戻ってきた頃には女の子は亡くなってしまったんだって。激しく後悔していた。リタって名前までは書いていなかったけれど、記述が一致すると思わない?」
確かにそうだと僕は言った。
「ねえ、今夜あなたの家に行っていい?」
「なんだって?」
「その幽霊に会いたいのよ。いいでしょ?」
マーサはこともなげにそう言った。
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