第50話 レクレー家

「コルドの反応が消えた」


 パブロンの街に遠征に来ていたコロニアとヒーティは、バファリンに置いてきたコルドの反応が弱まったことを即座に察知した。


「え、誰かに倒されたって言うの? まさか九尾?」


「九尾程度に僕ら龍が滅ぼされるものか」


 龍にとって人もモンスターも物の数ではない。

 病原菌の集合体、キャリア。


 生物の中に潜伏し、数を増やす。

 厄災級はその厄介さで人の上に君臨してきた。


 傾国級と言えど所詮獣。

 力の強さだけでは倒せない。それが龍。


 たった一つ弱点があるとすれば、菌を滅する抗体。専用のワクチンスキルを持つ者だ。


 龍に唯一対抗できる一族。


「レクレーの正統後継者が居るのなら、あるいは……」


 旧聖堂教会の大司教。

 オカネーク・レクレー。


 コローニャ王国を拠点として、大陸中に聖堂教会を布教。


 その功績を王国側から認められ、男爵としての地位を得ていた。


 しかしそれを快く思わないコロニアによって100年も前に壊滅。

 以降子孫達には教会の関わらないように教育を施した。


「現在のレクレー家の当主ゴルドークはとにかく金に意地汚く、実の子であろうと家のためにならなければ捨てる外道という話です。もうかつての神聖さも持たぬ俗物に成り下がっておりますよ」


 錫杖を持つ少女、ヒーティはニヤリと笑みを強める。


 龍に仇なす脅威は尽きた。そう暗に告げていた。


「しかし実際にはコルドがやられてる。原因を知る必要はあるだろう」


「どうせ油断したんでしょう?」


「パブロンでの仕込みは済んだ。僕は一度バファリンに戻る」


「いってらっしゃい。私はもう少し菌を増やしておくわ」


「あまり増やしすぎて暴走させるなよ?」


「なぁにぃ? 自分のことは棚に上げて私を咎めるつもりぃ?」


「いいや、好きに楽しむといいよ」


 パブロンにヒーティを一人残し、コローナは一路バファリンへ。


「嫌な気配が消えないな。なんだろう、この胸騒ぎは」



 ◇◇◇



 一方その頃アスターは、かつての地元にミキリーとストックを連れて帰郷を果たしていた。


「久しい顔だな。どこで何してたんだ?」


「お久しぶりです、ギルドマスター」


「おう、それよりルークはどうした?」


「あいつはオレの手を離れたよ。仲間も得たし、もう一人前だ。いつまでもオレが手を焼く訳にもいかねーだろ?」


「そうだな。で、こっちに戻ってきた理由は?」


「ちょいと親父に相談しにな」


「仕送りの時期だっけか?」


「そんなところだよ。あとこれ、ルークからお土産だ」


 アスターは腰のポーチから純白のウサギを模した人形を取り出した。


「お、例のご神体か?」


「なんだそれ?」


「うちの領主様がご神体だって吹聴して回ってたよ。金のなる木って奴だ」


「死体でしか物の価値を知らない人特有の気楽さだな。実際にアレがどれほどの人的被害を負うか知ってて言ってるなら呆れてものも言えない」


「貴族ってのは平民をおもちゃか何かと勘違いしてるらしい」


「オレ達はそうはなりたくないね。じゃあこれは神棚にでも飾っておいてくれ」


「そんなに大事な品か?」


「ご神体なんだろう? だったら神棚に飾っておかなきゃな」


 アスターはそれだけ行ってギルドを後にする。

 お守りとしてルークからもらった分体を置いて回るのがアスターの償いだ。


 これで残りはあと五つ。

 アスターの分、ミキリー、ストックの分で三つ。


 残り二つをどこにおくかで迷った。


 コローニャ王国は昔からきな臭い動きがあまりに多かった。


 体調の不良、流行病。


 バファリンで起きたそのどれもが当たり前のように起きている。

 それが普通だった。


 しかし街を離れてそれが異常だと気づく。


 最初は予感だった。

 しかし帰るなりそれは確信へと変わってくる。


 道ゆく人々がいつもより多く咳き込んでいる。

 けど、アスターとすれ違うと不思議と体調が良くなっている。


 まず間違いなくご神体のおかげ。

 ルークの分体が通用する時点で、町中に流布されているのはそう言う類の人の体に良くない物だ。


 それは決まって教会の行う炊き出しと同時に始まる。


「悪い胸騒ぎがするぜ」


 早まってくれるなよ。そんな気持ちでアスターは実家のレクレー家へと足を向けた。


「おぼっちゃま、本日はどのようなご用向きで?」


「息子が実家に帰ってくるのに御用向きもなんもねーだろ」


「それもそうですが、現在旦那様は外出されています」


「いや、用があるのはタイレノールの方だ。たまには兄弟水要らずで話でもしたくてな」


「タイレノールおぼっちゃまでしたらご在宅です。少々お待ちください」


「あぁん? 別に案内されなくても知ってるよ。茶の用意なら別にしなくていい。ちょっと話をしたら出てくからよ」


「あ、おぼっちゃま! いけません」


 アスターはメイドを振り切って一つ下の弟であるタイレノールの部屋をノックした。


「おう、タイレノール。邪魔するぜー」


「入室の許可は出してないですよ兄さん?」


「良いじゃねぇか、堅苦しい挨拶は抜きで」


「良くないでしょう、兄さんは廃嫡された身です」


「誰がお前らのメシ代稼いでると思ってるんだ。普通廃嫡されたら仕送りなんてしないぜ?」


「あなたが好きでやってることでしょうに。それで、僕に要件とは?」


「ルークの事だ。お前あいつのスキルについてどう考える?」


 アスターはソファにドカっと腰をかけ、行儀悪く足を組んで訪ねた。


 部屋の主人の前で、来客の取る態度ではない。


「どうもこうも、無能だから追い出された。それ以上でもそれ以下でもないでしょう」


「まぁな。だがあいつの成長先はもしかしたらオレ以上かもしれないぜ?」


「兄さんがルークの一体何を知ってるんです?」


「あいつが追い出されたちょっと後にオレが世話したんだ」


「あの日、仕送りが遅れた理由はそれでしたか」


「お前ら冷たいよなー、今まで家族として接してきたのに、スキルがダメなだけで追い出すか、普通? あいつめちゃくちゃいい子だったろ?」


「貴族はスキルの良し悪しで将来が決まることは兄さんだって知っているでしょう? 冒険者に身を窶した貴方からしてみればくだらない事をいつまでも気にしてる人たちって認識でしょうが」


「全くもってその通りだな。お前らそんなちっぽけなもんにしがみついてて疲れねぇか?」


「余計なお世話ですよ」


 図星を突かれた。いや、自ら露呈したタイレノール。


 アスターはさらに傷をほじくってニタニタと笑った。


「で、要件はそれだけですか。なら僕は勉強があるので帰ってください」


「待て待て話を急くな。本題はこれからだ」


「………手短に済ませてくださいよ?」


 これ以上話していたらこめかみの血管がぶち切れそうだ。


 タイレノールが諦めの心境で話を聞くと、アスターは一枚の毛皮を取り出した。


「これは……まさかこの純白の毛皮……ハンターラビットの番が見つかったんですか?」


「ああ。ちなみにそれを仕留めたのがルークだって言ったら信じるか?」


「ハハハ。兄さん、いつからそんな冗談を言うようになったんです? あの子は確かに貴族の子供としては優秀でした。ですがスキルはゴミ拾い。そんな毒にも薬にもならないスキルで災害級のモンスターを倒せるだなんて……」


「ちなみにこういうのもあるんだ」


 続いて取り出したのは銀色のフォックスの毛皮。


 尻尾の本数によって価値が跳ね上がるシルバーフォックスだ。

 だが問題はその尻尾の数。


「7、8、9本? まさか傾国級!?」


「凄いだろ」


「凄いです! これをどうやって仕留めたんです? それにこんな状態のいいものを……まさかこれも?」


 アスターは頷く。


「ルークが仕留めた。だがあいつは仕留めるだけでなく、修復すらもする。傷だらけの死体から、まるで無傷の状態に仕上げるスキルを持っている。その上で傾国級を仕留める腕前だ」


「何が言いたいんです?」


「もったいねぇよなって思ったんだ。お前さ、あいつが今どこで何してるか知らないだろ?」


「あの子はまだ小さいです。この国から出てなんていけないでしょう」


 アスターはわかってねぇなぁとばかりに首を振る。

 ついさっきアスターが世話をしたと言ったのに、まだ国内にいると考える能天気な思考。


 自分の世界で物事が完結してる典型的な王国貴族の在り方だ。


「あいつさ、今帝国にいるんだよ。それで帝国の第二王子とすっかり仲良くなってさ。その人は正式にルークを帝国側で丁重に扱おうとしてる」


「えっ……」


「えっ、じゃないだろう。災害級、さらには傾国級まで仕留めたんだぞ? もう英雄だろう。いつまでも出来の悪い弟くらいにしか思ってないから他国に横から掻っ攫われちまうんだ」


「つまり貴方はルークを、レクレー家の子息に戻すように言ってるんですか?」


「いや、あいつが金の卵を産む鶏だろうが、もうこの家とはなんの縁もゆかりもない。オレもこの家とは永久に縁を切るつもりで来たんだ。これからは帝国でよろしくやってるからよ、じゃあな」


 それだけ行ってアスターはソファから腰を上げる。


 先ほど取り出した毛皮は手切れ金として置いていく。

 それを最後の挨拶とした。


 適当に屋敷の中を歩き、見慣れぬ少女が居るのを見かけて立ち止まる。


 ルークから聞いていた妹だ。

 アスターには秘匿にされていた存在。


「お兄さんはだあれ?」


「ん? タイレノールのお客様だ。いつも一人で遊んでるのか?」


「お兄ちゃんの? うん。いつも妹が一緒に遊んでるんだけど、お具合が悪くてお医者様にかかってるの」


 それが外出の理由かと思い至る。

 この国はもうダメだ。


 原因不明の病が蔓延している。

 父親のことは嫌いだ。国も貴族のしがらみも面倒くさい。


 でも、殺したいほど憎いわけじゃない。


「じゃあ、一人でも寂しくないようにプレゼントをやろう」


「わぁ! ウサギさんだ! ふわふわー」


「そいつはすごーく強いんだぞー?」


「そうなの?」


「そうなんだ、病気になってもすぐに駆けつけて病気を吹っ飛ばしてくれる。肌身離さず持っておくといい」


「うん!」


「じゃあ、お兄ちゃんはもう行くな? 妹の面倒をよく見るんだぞ?」


「バイバーイ、ウサギのお兄ちゃん!」


 ウサギのお兄ちゃんではないんだけどな、と思いつつ実家を後にした。


 すれ違うようにゴルドークと顔を合わせたが、アスターは他人のふりをして雑踏に紛れた。

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