1-22 パレットはとどまりたい
89階に戻ってからも、レイヴナーはしばらく放心状態のままだった。
「今日は手伝っていただいてありがとうございました。よろしければ、干し肉を食べてください。お腹が空いたでしょう」
「それじゃあもらうよ」
タオルが干し肉を一つ取って食べ始める。
「ねえパレット、あのファングさんって人とあなたはどういう関係なの?」
香菜が尋ねると、パレットは言葉を選ぶように言いよどんだ。
「なんというか……なんでファングさんがこんなあたしに言い寄るのかもわからないんです。あたしとしても、絵を買ってくれるお得意さんですし、恋愛感情をだしにして絵を売るのは良い気分ではないですが、なによりあの方は怖くないですし」
「怖くない? 私はちょっと怖いと思ったけれど……」
「はい。ファングさんにはとがっている部位があまりないので」
とがっているものが怖いとそういう判断基準になるのか、と香菜は首をかしげる。
「それなら、例えば、本当に例えばだけど、レイヴナーのことはどう思ってる?」
「レイヴナー様も怖くはありませんね。とがっている部位があまりないので」
レイヴナーが目に見えてがーんと落ち込んだ顔で、「僕は恋愛対象ですらないのか?」とつぶやいた。
「ここにある絵は全部ファングさんに売ってしまうんでしょう。その後、パレット、あなたはどうするの?」
「食べ物がなくなったらまた絵を描いてダークウルフさんたちに売りにいきますね」
「そうじゃなくて……」
パレットは三白眼を伏せた。
「カナさんたちは下へ向かっているんですよね」
「ええ。よかったら、あなたもついてこない?」
「あたしはずっとここにいます。持ち込んだ画材もまだだいぶありますし、しばらくは食べていけますから」
「でも、その後はどうするの。描くものも売れるものもなくなったら」
パレットは困ったように指をもじもじさせる。
「カナさん、あたしは自分の絵に需要があるのが嬉しいんです。絵をほめてくれて、買ってくれる人がいるのが。それがずっと続くなら、あの人と結婚したっていい。そう思っています」
「それって依存じゃないの」
「依存の何が悪いんですか。それに、80階には
パレットは青ざめてぶるっと身震いをした。
「この話はもう終わりです。あたしはついていきません。カナさんたちが下へ行くのもあまりおすすめはしませんね。
香菜は釈然としない思いで干し肉を受け取った。
パレットがどうしてもこの階層に留まりたいなら止める理由もない。だが……。
そのとき、大きな音が轟いて、にわかに塔が激しく揺れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます