1-20 ダークウルフ族の青年ファング

 86階へ続く階段を降りると、突き当りのドアの前に人がひとり立っていた。


 黒いたてがみ、麻の服には革のベルトが巻き付けてある。片足には鉄球のついた足かせ。あごまで黒い毛の生えた顔は人間だが鼻が鋭く高く、口からは牙が覗いている。

 ダークウルフ族の男だった。


「ば、番人さん、中へ入れていただきたいんですが」


 パレットがぼそぼそ声をかける。とがった牙が少し怖いようだ。

 ダークウルフ族の男はじろりとこちらをにらんだ。


「またあんたか。絵なんて食えねえもの、誰も買いやしねえのにな。その後ろの連中は?」


「僕を知らないだと? 教えてやろう。僕は偉大なる大まほ、ふがっ」


 しゃべりだしたレイヴナーの口を押えて、パレットが慌てて言った。


「こ、この方たちは絵運び係さんです! 最近雇ったもので」


 ダークウルフ族の男はふむと言って、レイヴナーをじろじろと見た。


「その男、指に水かきがついているな。もしかして、ネプチュメロス族の人間じゃねえだろうな?」


「違います! この方はえーっと、カエル族。そう、カエル族なので水かきがあるんです」


「ならいいが……。まああんたはファングさんのお気に入りだからな。通れ」


 4人はそそくさとドアを通り抜けた。


「カエルとはなんだ。僕は誇り高きネプチュメロス族だぞ」


 レイヴナーがむっとしたように言った。

 パレットがしーっと口に指を当てる。


「ダークウルフ族はたいていの他種族と仲が悪いんです。特に強い種族相手だと。ネプチュメロス族のことも敵対視しているのでしょう。ご存じなかったのですか?」


「知らなかった。母上はそんなことちっとも……」


 レイヴナーは黙った。パレットに対して強く出られないのもあるだろうが、それ以上に何か理由がありそうにも見えた。


 続く廊下は幅が急に広くなっていき、先のしずく形の広間へなめらかに続いていた。

 広間には二十数人ほどのダークウルフ族の男たちがいた。女は見たところひとりもいない。全員、足に鉄球のついた足かせがはめられている。


 広間は半分物置のようになっており、大きな木の車輪がごろごろと転がっていた。

 空間の中央には車輪が積み上げられ、上に男がひとり足を組んで座っていた。


 彼だけ顔に毛が生えておらず、普通の人間ノーマンのように見えたが、一方で長い毛並みが、彼がダークウルフ族であることを表していた。

 彼は明らかに群れの中の最上位であり、そのためか、片足だけでなくもう片方の足にも鉄球のかせがはめられていた。


「パレイドリアさん。久しぶりだ。来ると思っていた」


 男は車輪の上からひょいと飛び降りて気さくに言った。


「あの人、ダークウルフ族なのに歯がとがっていないよ」


 タオルが小さな声でつぶやく。

 普通なら聞こえない距離であるにもかかわらず、男は黄色に目を光らせてタオルを見た。


「ああ。俺はダークウルフと人間ノーマンのハーフだからな」


 ひっ、とタオルが首を縮こめる。


「失礼しました。ファングさんは耳がいいのですよ。歯もとがっていないから怖くないですし。ファングさん、この子はタオルさん。後ろのふたりが、カナさんとレイヴナー様です」


 ファングと呼ばれた男は、レイヴナーの水かきのついた指をちらりと見たが、何も言わずにパレットに話しかけた。


「今日も絵を持ってきてくれたのか」


「はい。皆さんが手伝ってくださったので、たくさんありますよ」


「ありがとう。奥で見せてくれ」


 ファングはかせのついた足を引きずりながら、4人を別の小部屋へと案内した。

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