1-18 肖像画?

「このタッチ、この曲線美、そしてこの荒々しいエロス! もしや君は僕の持っていた春画の作者ではないか?」


 えっ、と香菜が振り返ろうとすると、「こっちを向いて」とパレットにたしなめられる。


「この絵も、あの絵も春画ではないか! 素晴らしい! もっと見てもいいか?」


「ええ、まあ、そんな売れ残りでもよければ」


 パレットが筆を動かしながら答えた。


 横から春画をのぞき込もうとするタオルを「お前は見るな」と押しのけて、レイヴナーは食い入るように絵を見つめた。


「なんと素晴らしい……あの絵の作者に会えるなんて……」


「描けました」


 パレットがレイヴナーを無視して立ち上がった。


「もう描けたの?」


「ええ。こんなものでよければご覧ください」


 自分の絵を描いてもらうなんて初めての経験だ。わくわくしながら新しい絵を覗き込んだ香菜は、うーんと首をひねった。


 色味も形もよほど人間とは言えない、べちゃっとした何か。


「なんというか……うーん……」


「忌憚のないご意見を聞かせてください」


 パレットは自信ありげだ。


「ええっと、その、抽象的っていうのかしら……。これも春画なの?」


 香菜が尋ねると、パレットは三白眼を見開いた。


「まさか、あたしは生モノは描きませんよ。これはカナさんの肖像画です」


「ずいぶんはやく描くのね」


「いえ、あたしより筆のはやい人は大勢いますから。クオリティを若干落してでも量産する、それが最近の目標なんです」


 それにしてもクオリティを落としすぎではないか。いや、これがパレットの画風なのだろうか。

 困りきった香菜が肖像画を眺めていると、後ろからレイヴナーが絵をのぞき見した。


「なんと! すばらしい肖像画ではないか」


「さすが、レイヴナー様は目が肥えていらっしゃいますね」


 パレットがほめると、レイヴナーは嬉しそうに鼻を大きくした。


「もちろんだ。ここの白い部分が顔だろう。柔和な曲線。それに対して、ドレスは荒っぽい角ばった線でひと続きに描かれている」


「そうなんです。ドレスの作者の反処女性をうまく表現したくて!」


「うむ、この絵に題をつけるのならば」


「そう、もちろん」


 悪女!

 パレットとレイヴナーの二人が近距離で顔を見合わせて同時に言った。


 レイヴナーの顔がいきなり耳まで真っ赤になった。


「どうしたのレイヴナー」


 肖像画を見ながらにやにやしているパレットは置いておいて、香菜とタオルはレイヴナーを部屋の隅へ連れて行った。


 レイヴナーの頬は今まで見たことのない色に染まり、放心したように宙を眺めている。


「どうも……心をかき乱されるんだ。あの女……いや、あの女性を見ると」


「恋だね」


 タオルがしたり顔で言った。


「パレットに会ったときからレイヴナーは変だったよ。きっとこりゃ一目ぼれだね」


「まさか、そんな僕が……」


 レイヴナーは戸惑ったように振り返り、ちらりとパレットを見る。

 とたんに倍くらい真っ赤になって、顔を両手で覆った。


「たしかにあの女性は美しい。だが、こんな身分の高い僕と恋をするなんて、許されるのであろうか……」


 すでに恋愛脳になっているレイヴナーに、香菜はふと思ったことをつぶやいた。


「でも、それって本当に恋なのかしら。大好きな絵の作家さんだったから、舞い上がってるだけなんじゃなくて?」


 レイヴナーがまるく口を開けて香菜を見た。


 それ言っちゃだめなやつだよ、とタオルがあきれたように言う。


 だって、と香菜は口をとがらせる。

 前世の友達が、推しのアイドルに会ったときも今のレイヴナーそっくりの反応をしていた。レイヴナーのそれは恋ではなく、憧れの一種なのではないか。そう思っただけだ。


「そうか、その可能性もあるのか。僕としたことが……考えに至らなかった」


「あの、お取込み中のところすみません」


 パレットが3人に声をかけた。


「下の階に絵を売りに行くんですけど、運ぶのを手伝ってもらえませんか?」


「下?」


「はい。この下の81階から88階にはダークウルフの方々が投獄されているんです。監獄ですし、彼らは性的なものに飢えているので、春画を売って代わりに食べ物をもらうんです。まあ、だいたい売れ残りますけど」


「もちろん、手伝うわ。私たちも下へ行きたいの。途中まで案内してくれるかしら」


 たくさん絵を運んだらパレットにいいところ見せられるんじゃない?

 タオルがレイヴナーにささやいた。

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