1-15 下へ

 一瞬、スーザンは驚いたように目を丸くした。


「凍れ!」


 タオルが叫ぶ。

 水が瞬時に凍てつき、大きな氷の塊となってスーザンの両手足を体に縛り付けるように固まった。


「くっ、離れない。ルーダ、ルーダ!」


 光が消えた岩は動かない。


「攻撃がやんだ?」


 タオルが不思議そうに岩を眺めた。


「スーザンは魔法を使うとき、いつも手袋を外していたの。だから、手を覆われていると魔法が使えないと思ったのよ」


「だから凍らせたのか。なるほど」


 レイヴナーが腹を押さえ、うめきながら立ち上がり、スーザンに手を向けた。


「よくやった、女、雑巾」


「レイヴナー、何をする気?」


「もちろん、あの年増の女を殺すのだ」


 香菜はぎょっとして、「待って!」と叫んだ。


「何だ。異論でもあるのか」


「大ありよ! 殺すことはないでしょう」


「こいつを今殺さなければ、氷が溶けた後に僕たちを追ってくるだろう」


 レイヴナーが再びスーザンに手を向けたとき。


 タオルが飛び出して、スーザンとレイヴナーの間に割って入った。


「何をしている雑巾。そこをどけ」


「い、嫌だ!」


「またその年増の女に操られているのか?」


 タオルは首を強く左右に振った。


「スーザンを殺さないでくれよ。お願いだ。スーザンは確かにおいらたちを殺そうとしたかもしれないけれど、でも今までおいらに飯をくれたし、掃除のしかたも教えてくれた」


「何が言いたい」


「スーザンは家族なんだよ!」


 レイヴナーが面食らった顔をする。


 突然、タオルの後ろで氷漬けになって倒れていたスーザンが笑い出した。


「あっはっはっはっは」


「こいつ、まだ笑う元気が」


 レイヴナーがスーザンを睨む。


「はっはっは、ふふふ。面白い子だね。私がもしこの魔法使いの立場なら、絶対に私を殺すがね」


「だめだよ。スーザンは殺させないよ」


 意固地になったように両手を広げて、タオルが繰り返しわめいた。


 レイヴナーが困ったように頭をかいた。


「わかった。この女は殺さない」


「本当かい!」


「ただし、しばらく魔法で眠っておいてもらうことにする。僕たちを追いかけられないようにな」


「ありがとう、レイヴナー」


 タオルがようやく笑顔になった。


 レイヴナーはスーザンに近寄ると、両手足を拘束する氷に指先で触れた。


「まずは長時間氷が溶けない魔法。【フロスト・イモータル】」


 氷が数秒間青く光る。


「姫様」


 スーザンが首を少し持ち上げて、香菜を見た。

 はしばみ色の目はもはや鋭く光っておらず、柔らかな色を放っていた。


「この先、塔には何人もの強敵が待ち受けているでしょう。私はもうあなたを助けて差し上げることはできませんよ」


 香菜はうなずいた。


「ええ、わかっているわ」


「姫様だって!?」


 レイヴナーが困惑したように香菜の方振り返った。


「お前、もしかしてあの希代の悪女とか呼ばれているカナリア姫か!?」


「後で説明するわ。魔法を続けて」


 レイヴナーはやや納得のいっていない様子だったが、口をとがらせてスーザンに向き直った。


「次に、しばらく沈黙してもらう魔法だ。下の階の連中に助けを求められちゃ敵わないからな。【サイラス】」


 スーザンの喉から紫色の光が溢れ、レイヴナーの手にゆっくりと吸い込まれていく。


 スーザンはタオルを見た。


「雑巾係、助けてくれた礼は言わないよ」


「今はタオルって呼ばれてるよ。カナが名付けてくれたんだ」


 タオルがそう言うと、スーザンが少し微笑んだ気がした。


「タオル、か。良い名をもらったね……」


 紫の光が完全に吸い込まれ、スーザンの声が消える。


「最後に、眠りの魔法だ。死なない程度の期間眠ってもらおう。【ソムナス】」


 スーザンがゆっくり目を閉じ、完全に動かなくなった。


 香菜はスーザンに近寄ってしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。


「本当に眠っているわ」


 背後でバタンと音がする。香菜が驚いて振り返ると、レイヴナーが気絶して床に倒れていた。


「ありゃりゃ、魔力が尽きて干からびちまったみたいだ」


 レイヴナーを軽くつつきながら、タオルが言った。


「また水をあげればもどるかしら」


「無理だね。明日か明後日には勝手に目覚めると思うよ。腹の傷はもう少し回復に時間がかかると思うけど」


「じゃあレイヴナーが起きたら進みましょう」


 香菜は立ち上がり、先へ続く扉を見つめた。


「塔の下へ」





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