1-14 初めての戦い
広間の奥に扉があり、その手前にスーザンが立っていた。
遠くからでも、スーザンの目が強く光を放っているのがわかる。
「なげかわしい」
スーザンの言葉が、壁に反響して大きく響く。
「私に逆らうなとあれほど申し上げたはずですよ。なのに、のこのこと殺されに来るとは」
「違うの、スーザン、私はあなたと話し合いたくて……」
「話し合いなど無用。あなたは私に反抗し、コルセットを外した。1年前の『あのとき』、あなたが逃げようとしたときに、私はあなたを殺しておくべきだったのですね」
まずい、スーザンものすごく怒っているよ。
タオルが呟いた。
「戦うしかなさそうだな」
レイヴナーが言った。
彼の目には、スーザンに対する強い恐怖が浮かんでいた。
「でも」
渋るカナを、レイヴナーが睨む。
「あの女は本気で僕たちを殺す気だ」
「その通り」
スーザンは表情を変えずに手袋を外し、呪文を唱えた。
「【ルーダ】」
「何かの魔法だ。伏せろ!」
レイヴナーが叫んだ。香菜はとっさに身をかがめる。
――何も起きない。
「な、なんだ?」
レイヴナーと香菜が顔をあげたとき。
タオルがふらりと歩き始めた。
「タオル、待って! そっちは危険よ!」
香菜の制止も聞かずにタオルはふらふらとスーザンに近づくと、くるりとこちらを向いた。
「まさか」
呟いたレイヴナーの顔のすぐそばを、黄色の閃光がかすめた。
タオルがレイヴナーを魔法で攻撃したのだ。
命中していれば、大けがは免れなかっただろう。
「あいつ、雑巾めっ! 最初から僕たちをだます気だったんだな!」
「攻撃を外したね、雑巾係。次は当てなさい」
タオルが片手をあげる。
「まずい、よけろ!」
「わっ」
レイヴナーが香菜に体当たりをする。さっきまでふたりがいた場所に、閃光が飛んだ。
「ひっ!」
香菜の顔に向かって再び閃光が飛んでくる。
「【シールド】!」
レイヴナーがとっさに呪文を唱えると、ふたりの前に半透明の障壁が出現し、閃光を弾いて脇にそらした。
もう一撃飛んできた閃光をもろに受け、障壁がパリンと音を立てて割れる。
一瞬の隙を見て立ち上がったレイヴナーが、タオルに手を向けた。
「あの小僧、殺してやる」
「待って!」
香菜が叫んだ。
「何かおかしいわ!」
「そんなことを言っている場合か! あのふたりは僕らの敵だ」
「違うの、何か……」
閃光が飛んでくる。レイヴナーが「くそっ」と叫んで、再び障壁を張った。
「このままじゃ、先に僕の魔力が枯渇してしまう」
ふと、香菜はタオルのペンダントが一瞬はしばみ色に光るのを見た。
スーザンの目と同じ色の光……。
「レイヴナー、タオルのペンダントを攻撃して!」
「ペンダントだって?」
「いいから!」
「わかった。【クラッシュ】」
レイヴナーがタオルのペンダントに向かって攻撃魔法を放った。タオルの閃光とぶつかって輝き、打ち消し合うように消える。
レイヴナーが何度か攻撃を試みるが、うまく当たらない。
「くそっ、もう少し近づけたら……」
ああ、もう面倒くさい!
香菜は立ち上がって、タオルに向かって走り出した。
「おい、馬鹿!」
レイヴナーが慌てて香菜を追った。
うつろな目をしたタオルが、香菜に向かって手を向ける。
指が光り、まぶしい閃光が飛んできた。
「【シールド】!」
すんでのところでレイヴナーが追いつき、障壁を張る。
香菜は走る足を止めずに、火かき棒を振りかぶり、障壁が割れるのと同時にタオルのペンダントに向かって振り下ろした。
バチン。火かき棒の二又になった片方がタオルのペンダントにひっかかり、紐がちぎれて床に落ちた。
タオルの目に色が戻る。
「おいら、何を……」
「タオル! こっちよ!」
香菜が叫ぶと、タオルははっとして香菜とレイヴナーを見た。
「なんだ、今のは?」
レイヴナーが言った。
香菜が答える。
「おそらく、『ルーダ』というのは人を従わせる魔法。いいえ、あのペンダントや私のコルセットみたいなものを身に着けた人間を、思い通りに操る魔法よ」
「なるほど、あのペンダントは魔法具か」
レイヴナーが舌打ちをする。
「よく気づいたね」
スーザンが低い声で言った。
「確かに、私の魔法は魔法具を身に着けたものを従わせる魔法だ。だが、魔法具は何もそのペンダントやコルセットだけではない。【ルーダ】」
床が地響きのように揺れて、3人は思わず膝をついた。
音を立てて壁や床の岩が外れ、はしばみ色に光って宙に浮き始める。
「【ルーダ】」
岩が3人に向かって飛んできた。
レイヴナーが住んでのところで魔法を唱える。
「【シールド】!」
「うわっ!」
レイヴナーとタオルが、3人の周囲に障壁を張った。
地面に転がった数十個もの岩が、再び光って浮かびだす。
「まずい、また攻撃される」
レイヴナーが歯を食いしばる。
スーザンが「はっ」と低く笑った。
「そうだ。この上層階には、壁や床すべてに魔法石が埋め込まれている。私の魔法に従うのはなにも人間だけではない」
そうか、あの壁に埋め込まれた緑の石。
あれらはすべて、スーザンの魔法『ルーダ』に紐づけられた魔法具だったのだ。
レイヴナーが歯ぎしりしながら言った。
「なるほど、おかしいと思っていたよ。ここは高層階なのに、寒くもなければ風で揺れもしない。精霊どもの気配がするのに、襲ってもこない」
「そう、私の『ルーダ』でこの建物自体を従わせ、管理していたのだ。その魔法がお前たちを守り、そしてお前たちを殺す。【ルーダ】」
再び岩が飛んでくる。
「【シールド】――くっ!」
障壁で防ぎきれなかった岩が、レイヴナーの腹部に激突した。
「レイヴナー!」
「ははは……僕も本調子じゃないな。やっぱりあのおばさんが怖いみたいだ……」
「諦めないでレイヴナー! まだ何かあるはず」
香菜はスーザンを睨みつけた。
レイヴナーはもう動けそうにない。タオルも防戦一方だ。
だが、まだ何かあるはずだ。何か……。
香菜は気づいた。スーザンが『ルーダ』の魔法を使うときは、いつも手袋を外していたことに。
一か八か。
「タオル! 私が水を出したら、それを凍らせることはできる?」
「ああ、できるよ」
「じゃあ私が呪文を唱えたらぴったり1秒後に凍らせて!」
スーザンが『ルーダ』を唱えて、岩が再び3人を襲う。
タオルが障壁を張るが、すべての岩は止められず、一つの岩が倒れたレイヴナーに向かって飛んでいく……。
「おりゃっ!」
ガキッ。香菜が火かき棒で岩を弾いた。岩は少し軌道を逸らし、床に激突する。
手にじんじんした痛みを感じながら、香菜は叫んだ。
「いくわよタオル。【アキュアス】!」
香菜の手から噴き出した水流が、まっすぐスーザンに向かって襲い掛かった。
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