1-12 レイヴナーの怖いもの

「えーっ!?」


「あんなに外に出る出るって言ってたのに!」


 タオルと香菜は驚いた。


「どうして?」


「どうしてもこうしてもあるか! 年増の女がいるなんぞ聞いていない! 僕は絶対にこの部屋から出ないからなっ!」


「もしかして、スーザンが怖いの?」


 図星だったようだ。

 レイヴナーは目を大きく見開いた。


「こ、怖くなどないっ! この大魔法使いレイヴナー様に怖いものなどあるものかっ!」


「じゃあ大丈夫でしょう?」


「うっ」


 レイヴナーが目を泳がせる。


「まあスーザンは魔法がうまいからね。ちょっと怖いのはわかるよ」


 タオルが言った。

 レイヴナーの目が光る。


「魔法がうまいだと? その年増の女が? この偉大な僕より?」


 そこまで言ってないよ、と言おうとしたタオルの口をふさいで、香菜は慌てて言った。


「そうよ、もしかしたらスーザンはあなたより魔法がうまいかもしれないわね!」


「そんなはずはないっ! 僕の魔法が一番強いのだ」


「じゃあ確かめてみたらどう? スーザンと力比べをして」


 香菜がおだてるとレイヴナーは一瞬の間やる気に満ち溢れた顔をしたが、すぐにしゅんとなって下を向く。


「でも、やっぱり僕は……」


 この作戦ではだめだ。香菜は少し考えてから、レイヴナーに問いかけた。


「スーザンと戦えって言ってるんじゃないの。90階を通してくれるように説得してくればいいだけなのよ。レイヴナー、あなたは頭がよさそうだし、それならできるんじゃない?」


「もちろん。僕は頭もいいさ」


「ねえレイヴナー、塔の下におりて、あなたはやりたいことはないの?」


 香菜が尋ねると、レイヴナーは少し躊躇して、そしてタオルに言った。


「雑巾、少しあっちを向いていろ」


「どうしてだい」


「いいから」


 タオルが後ろを向いたのを確認してから、レイヴナーは部屋の奥に立てかけてあった板材のようなものを裏返した。


 それは一枚の絵だった。

 先の割れた筆のようなもので描かれた抽象画。人肌のような白っぽい色が雑に絡み合うような絵だった。


「レイヴナー、これは?」


「春画だ」


「しゅん……えっ?」


「春画、性的な絵のことだ。僕はこの絵にとりこでな。類を見ない傑作だ。いつかこの絵の作者に会ってみたい。そう思って過ごしていた」


「性的……には見えないんだけど。というか、何の絵なのかもよくわからないというか……」


 香菜が絵をまじまじ眺めると、「あまりじろじろ見るな」と言ってレイヴナーは絵を再び裏返してしまった。


「この芸術とエロスが理解できないとは、感性の乏しいやつめ。お前が先日この部屋で大量の水を出したせいで、絵が傷んでしまったのだ。この絵は、僕がここに囚われるときに唯一持ち込めたものだ。どうしてもこの作者に会ってみたい」


「なぜ塔の下にいたときに会いにいかなかったの?」


「この作者は身元を明かしていないのだ。それから……」


 レイヴナーは小さく、「だってもし作者が年増の女だったらがっかりしてしまうだろう」とつぶやく。


「つまりあなたは、中年の女性が苦手ってことね。どうして?」


「それは母上が……」


 そこまで言って、レイヴナーはむっつり黙り込んでしまった。


 歌手の顔や漫画家の作家を見て幻滅する人はいると聞いたことがあったが、レイヴナーもその類だろうか。それにしては、中年女性に対する恐怖心が強すぎる。


「おいら、もう振り返ってもいいかい?」


 タオルがうんざりしたように言った。


「もうこっちを向いていいわよ、タオル。それでレイヴナー、スーザンに会いに行く覚悟は固まった?」


「うっ……、まあ、半分くらいは」


 歯切れの悪いレイヴナーだったが、香菜は


「それなら、明日の夜、またここに集まりましょう。スーザンを説得するために」


と言って、強引に約束を取り付けた。そうでもしなければ、レイヴナーは動かないだろう。そう思って。

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