1-8 タオルの魔法
「おい、雑巾。そこも濡れているぞ」
テーブルに腰かけて足を組んだレイヴナーがタオルに向かって指図する。
「あなたも手伝ったら?」
床を拭きながら香菜がレイヴナーをにらむと、レイヴナーは「まさか」と言って両手を広げた。
「なぜ手下のやる仕事を僕がやらなければならない?」
「もういいわ、まったく。ああ、全然乾かないわね。こういうときにドライヤーがあればいいんだけれど」
「ドライヤー?」
タオルが手を止めて、香菜を見上げた。「おい雑巾、休むんじゃない!」とレイヴナーがわめく。
「そう、熱い風が出る道具のことよ。濡れた髪を乾かすの。この世界にはないのかな」
「熱い風が出ると水が乾くのかい?」
「まあそうね。蒸発させるってこと」
「それならおいらにだってできるよ。ほら」
タオルが床に手を向けると、熱風が彼の手から噴き出した。風は床を広がり、香菜の濡れたスカートをはためかす。
「わあ、それって魔法? ほら見て、濡れた床がどんどん乾いてるわ」
「本当だ。カナって水のことに詳しいんだな」
前世での知識が役に立ったかもしれない。香菜が満足して作業に戻ろうとすると、後方からどしんと音がした。
テーブルから落ちたレイヴナーが床に尻もちをつき、わなわなと震える手でタオルを指さしていた。
「お、お前! 今何をした?」
タオルはきょとんとして香菜と顔を見合わせる。
「なんだよ、あんたが床を乾かせって言ったんだろ」
「そうではない! 今無詠唱で風を出しただろう」
タオルはぽかんとした顔でレイヴナーを見上げた。
「ムエイショウ、ってなんだい」
「呪文を唱えずに魔法を出すことだ。それができるのは、熟練の大魔法使いや精霊だけ。雑巾め、どんなからくりだ?」
「そんなこと言われても……。おいら、呪文なんてひとつも知らないよ。だから普通に魔法を使っただけで」
「ええい、見ていろ」
レイヴナーは部屋の中央に立つと、左手を上げて指を絡ませ、右手のてのひらを床に向けた。
「【フレイム・ブリーズウィンド】」
バフッと音がして、あたたかい風が吹き出す。レイヴナーのマントがバタバタとたなびいた。
「見ろ、これが魔法だ」
「すごい、床がだいたい乾いちゃったわ!」
香菜が拍手する。レイヴナーはふんと鼻を鳴らした。
「『フレイム』が火、『ブリーズウィンド』が風の魔法で、それを組み合わせると熱風魔法になる。普通の人間はせいぜい1種類しか魔法を使えないが、僕のような大魔法使いはこのように組み合わせて魔法を出せるのだ。つまり雑巾のような低レベルで無知蒙昧な小僧が、組み合わせ魔法を使えるはずがない。なにかからくりがあるはずなのだ。もしかして、そのペンダントが魔法の源か?」
レイヴナーがタオルの首にかかった緑のペンダントを指さした。
タオルが困ったように眉をハの字にした。
「ペンダントはスーザンって人にもらったんだ。でも、この石からは魔力なんて微塵も感じられないよ」
「何?」
「おいらだってそうさ。魔力量はぜんぜん多くない。逆におじさん、あんたはすごいね。すごい量の魔力がほとばしってる」
レイヴナーが「ま、ま」と言いながら後ずさった。
「魔力鑑定もできるだと!? 才能のある人間が生涯かけてようやく会得できるかどうかという技だぞ!? どうなっている!」
「ねえタオル、私も『アキュアス』以外の魔法が使えるかしら」
香菜はわくわくしながら聞いてみた。
タオルは香菜の顔をじっと見て、首を振る。
「無理だと思う。カナはおいらより魔力が少ない。普通の人くらいだと思うよ」
「そうなのね……」
香菜は少しがっかりした。
レイヴナーがひとり、壁際でタオルをじろじろ見ながらぶつぶつと何かつぶやいていた。
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