1-1 過呼吸の治し方
「ひっ、あ、あ……」
息苦しさを感じてしゃがみ込む。
苦しい。苦しい。
高いところで過呼吸を起こすなんて、高校生のとき以来だ。
「カナリア姫様!」
スーザンが駆け寄って、手袋を外し、香菜の口に手を当てた。
「失礼いたします」
ふわっと顔に風を感じ、スーザンの手が温かくなった。
「息をお吐きください、姫様」
過呼吸の時は息を吐いた方がいいなんて知っている。だが、苦しいものは苦しいのだ。ぜえぜえと強く息を吸い込んで、余計に苦しさが増してしまう。
「仕方ありませんね。【ルーダ】」
香菜は吐き出すように息をついた。瞬間、苦しみが胸から取り出されたようにやわらいだ。
「はあ、げほっ。何を」
「ちょっとした魔法でございますよ。心配することはございません。精霊どもはこの塔には襲ってこられませんから」
スーザンはカーテンを引いた。部屋全体が薄暗くなり、香菜の恐怖心も少し落ち着き始めた。
「姫様はお疲れなのでしょう。本日はもうお休みになってくださいまし。こちらへ。コルセットを緩めて差し上げます」
コルセットってなんだ。
香菜は初めて自分のいでたちを眺めた。
「姫様」と呼ばれるにしては地味すぎる丈の長いドレス。腰には布のコルセット。古びた木の靴。編まれて肩に垂れている髪は青と灰色の中間のような色。
昔工場でアルバイトをしていたときに、同じラインにいた大学生の女の子がこんな感じの髪色だった気がするが、ブリーチのせいでバサバサに傷んでいたのを覚えている。
だが、今の自分の髪は枝毛一本なくつやつやしている。ということは生まれつきの地毛だろうか。
手足は白くて細く、ろくに筋肉がない。肺活量がないのか呼吸は浅く、長く走ることもできなそうだ。
スーザンはてきぱきと香菜をベッドに寝かせると、「おやすみなさいませ」と言って部屋を出て行った。
薄暗い部屋でしばらくぼんやりしていた香菜は、強い風の音ではっと我に返った。
そういえばここ、100階だった。
顔からサーっと血の気が引いていく。
高いところにいると、よくない想像ばかりしてしまう。いきなり床が落ちたりだとか、建物が途中でぽっきり折れてしまったりだとか。
なぜ「カナリア姫」がこんなところに住んでいるのかはわからないが、あのスーザンとかいう女性に頼んで早くここから出してもらおう。
ここが地上数百メートルの高所であることを忘れるために、香菜はなるべく別のことを考えようと努めた。
そういえば、スーザンは「魔法」なるものを使っていた。ということは、ここは魔法がある世界なのだろうか。あれは治癒魔法か何かだろうか?
もしかして自分も……?
香菜は天井に向かってつぶやいてみた。
「ルーダ」
何も起こらない。風も起きない。
香菜はなんだか恥ずかしくなって、ぼろぼろのシーツに顔をうずめた。
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