112 そんなチカラ、私はいらない

 私の飼い主である瑠璃ちゃんのヒゲのパパ、シュウソ様の話はまだ続いていた。


「カール様がおっしゃるには、魔王様はまだ完全に目覚められていないとか。ですから、私たち「しもべ」が魔王様のチカラの解放に微力ながらお力をお貸ししたく存じます」


 いや、イヤ、イヤだ!

 魔王のチカラって……そんなの、別にいらない。


 チカラって、アレだよね。

 八王子のペットショップであの雑種のボス犬に噛まれた時、咄嗟に「ヤダ!噛まないで!」って言ったら、ボス犬が動けなくなったアレだよね。


 今になって冷静に考えると、私が命令したら、その通りにしか動けなくなってしまうっていうことなんだと思う。そのあとに「動いていいよ」って言った途端、動けるようになっていたし。


 でも、そんな能力があったからって何だっていうのよ?

 犬(もしかしたら動物?)を操って、ステージでお金をとって、話題になってテレビに出るとか? きっと違うだろうな、もっと変なことに使うつもりなんだろうと思う。


 私の疑問は、続いてシュウソ様の話ですぐに解消された。


「チカラを取り戻していただいた暁には……我らシンオウ教団の神となっていただき、我ら教団が、この腐り切った国を乗っ取るためにチカラをお貸しいただきたく存じます」


 教団の、神になる?

 国を、乗っ取る?

 このヒゲおやじ、一体何を言ってるんだろう。


 そんなの、たとえ私が本当に「魔王のチカラ」に目覚めたとしても、手伝うわけないじゃない!

 国を乗っ取るということは、革命かテロ行為を起こそうとしてるんだよね?

 このオヤジ、頭おかしいんじゃないの?


「シュウソよ、それ以上の情報は不要だ。口をつぐむのだ」


 突然、別の声が降り注いだ。流暢な、人間の日本語だ。でもこの声は聞き覚えがある。

 声の主は玉座の後ろからゆっくりとその姿を現した。ミニチュアシュナウザーの、カール。

 テレビ局の物置に現れ、私のことを魔王と呼んだとき以来だった。


「魔王様、大変お久しゅうございます」


 カールはうやうやしく頭を下げながら、私の前に歩んできた。でもあの時のように、ひれ伏したりはしなかった。……なんでだろう?


「ここ数ヶ月、魔王様のお姿を陰ながら見守っておりました」

「……アンタあの時、後ほど店で、って言わなかったっけ?」

「覚えておいでで? さすが魔王様でございますね」


 なんだか恭しいというより、小馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか?


「当初は私がお側で覚醒を見守る予定でございました。ですが、それでは覚醒が遅れるであろうと思い、陰ながら見守ることにしたのです」

「……どういうこと?」

「フフフ、私めの予想通り、追い詰められることによって魔王様の力が顕現するところ、私も見ておりました」

「なんで! アンタ見てたの?」

「はい。お見事でございました。でもまだまだチカラの全面覚醒にはほど遠くございます」

「……そんなチカラ、私はいらない」

「そうは参りません」


 カールは私の直ぐ側まで歩み寄る。


「あなた様の全面覚醒、そして教団の再編。そして邪魔になる人間や動物どもの組織を、あなた様のチカラによって壊滅していただかないと」


 なんだろう、この犬からは酷くイヤな臭いがする。不潔な臭いとか、嫌いな臭いとか、そういうのじゃない。

 生理的に受け付けない、例えるならそんな臭いだ。


「……私は、魔王なんかじゃない」

「あなた様は魔王でございます。今はまだ完全にお目覚めになっておられない、魔王の雛なのです」

「たとえ目覚めたとしても、アンタたちの思い通りにはならないよ、きっと」


 こんな臭いのする奴らに協力するなんて真っ平ごめんだよ。だけどカールはクスリと笑い、クルリと背を向けた。


「引き続きお目覚めを待っております。では」


 そのまま玉座の後ろに回り込み、カールは気配を消した。

 私たちの会話をずっと眺めていたシュウソ様が、慌てたように後を継ぐ。


「……魔王様、カール様との今のお話はどのような……?」


 そうか、カールは日本語(人間語?)で話しかけてきたけど、私は人間後を理解できるけど話せないから、無意識のうちに動物語で会話していたんだ。だったら、シュウソ様には理解できないよね。


「シュウソ様。まもなく瑠璃お嬢様がお戻りになります。魔王様にはお部屋にお戻りいただいた方がよろしいかと」

「……あ、ああ。そうだな。魔王様、本日はごゆっくりお休みくださいませ」


 言われなくても、今日はもう動けそうにないよ。あまりにも情報量が多くて、頭がパンクしそうになっちゃってるよ。


 ◇◇◇


 瑠璃ちゃんの部屋にある私の専用ベッドでぐったりしていると、大きな音を上げてドアから瑠璃ちゃんが走り込んできた。


「マオちゃん、ただいま!」


 私を抱き抱え、頬擦りをする彼女からはイヤな匂いはまったく感じなかった。……この子は、たぶん何も知らないんだ。私が魔王と呼ばれていることも、父親が何を考えているのかも。


「今日ね、学校でイヤなことがあったの。私のパパが人を集めて変なお祈りばかりしてるって。ねえ、それって変なのかな……?」


 喋りながら、ポロリと涙をこぼす。そうか、本当にこの子は、何も悪くないんだ。何も知らないんだ。


 せめて私、この子だけでも守ってあげたいよ。孤独だった私を愛で満たしてくれた子、瑠璃ちゃんだけは、何があっても。

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