113 その声……あなた、ポメ?

 その日、私はまんじりともせず、瑠璃ちゃんの部屋でウロウロしながらいろんなことを考えていたの。

 こんな時メモができれば整理できるのにと思いつつ、とにかく現状を整理することが必要だと思ったからね。


 まず、疑問点から挙げていこう。


 疑問1 なぜ、私が魔王なのか?

 疑問2 カールが私を魔王だと知り、同じペットショップにいたのはなぜなのか?

 疑問3 動物医の髭田先生が私を魔王だと知っていたのはなぜなのか?

 疑問4 なぜシュウソ様は私の夢を見たのか?

 疑問5 シュウソ様の「シンオウ教団」は、魔王のチカラで何をしようとしているのか?


 うん、細かい疑問はたくさんあるけど、主にはこんなもんかな。


 まず疑問1だけど、なぜ私が魔王なのか。これは……ぜんっぜんわかんない。元はごく普通の人間の女の子だし、超能力なんてものは夢物語だと思ってたよ、当然。それが犬に生まれ変わって「お前は魔王だ」って言われたって困るよ! って感じ。


 疑問2は、カールについて。シュウソ様は「あなた様の使徒」って言ってたから、多分私の家来何だと思うな、本来なら。でも私が目覚めてないから、この前会った時はちょっとナメた態度をとっていたんだと思う。くっそ、ちょっとムカつくな、あいつ。


 とにかく、カールは「魔王が目覚めた」後のこともよく知っている感じなのはわかる。なぜ私が魔王なのか、その疑問ももしかしたら知っているかもしれない。なんと、聞き出せないかな……難しそうだけどね。


 疑問3、これはもっと謎だよ。だって人間も「私が魔王だ」ということを知っているんだもん。あとはシュウソ様と大林さんぐらいかな、このことを知ってそうなのは。わかんないけど、私の「魔王のチカラ」を利用としている人間がたくさんいるってことだよね。これって利用されたらガチでヤバそうなんですけど。


 疑問4、これもヤバい。誰かが、人間のシュウソ様に夢を見せたってことでしょ? そんなこと、普通できないよ。令和時代の最新科学だって、夢を操ることなんてできるわけないし。


 疑問5、これは人間たちにもすごく影響がありそうなことだ。教団ってことは、宗教団体だよね。なんか私が人間に生まれる何年か前に、宗教団体がテロを起こしたことがあったよね。ええと、オウ○だっけ。それとは違うみたいだけど……


「我ら教団が、この腐り切った国を乗っ取るため」とかシュウソ様は言ってた。それって、間違いなくテロとかだよね。絶対にチカラなんか貸したくないんですけど! うん、私が拒否すれば良いだけだよね。万が一わたしが覚醒しても、ぜったいチカラなんか貸してあげないんだからね!


 あれ? シュウソ様ってずっと呼んでたけど、もしかして「宗祖」様ってこと? 宗教の開祖って意味なんじゃない? ずっと名前かと思ってたよ。


 くっそ、様なんて付けたくないよ! 宗祖の奴、いやヒゲジジイで十分だよ!

 そこまで考えた時、突然ドアが開いて一瞬心臓が止まりそうなほどビックリしちゃった。

 入ってきたのは、大林さんだった。


「魔王様。聖母様のご依頼で、瑠璃お嬢様をお迎えに参ります。大変恐縮ですが、ご同行願います」


 聖母様って、だれ? 普通に考えると、宗祖の妻、つまり瑠璃ちゃんのママだよね。そういえば、瑠璃ちゃんのママって見たことないんですけど、一度も。どこにいるんだろう?

 また疑問がひとつ増えちゃったよー。


 とにかく私は、大林さんの車に乗って、瑠璃ちゃんを迎えに行くことになった。


 ◇◇◇


 ああ、懐かしい。この砂浜の感触、犬になった今の私でも懐かしく感じる。

 私が車から下ろされたのは、江ノ島の近くの駐車場だった。大林さんの説明によると、瑠璃ちゃんは放課後、いつも江ノ島の西浜に寄り、そこに教団の人が車でお迎えに行くのだという。


 最初は学校までお迎えが行っていたんだけど、同級生にそれを見られてイジメられるのがいやなんだって。ひどいね、そんなことでイジメられるなんて。


 でも……同級生からすると、イジメたくなる要因はあるんだよね。お父さんは宗教団体のトップで、怪しい紫色の服を着て、たくさんの白い服の人たちを従えてるんだよ。同級生の親は子供たちに「あの子の家はヤバい宗教の子だから」ってきっと伝えてるんだと思う。だから、イジメられているんだ。


 瑠璃ちゃん、本当はあんなに良い子なのに……かわいそうだよ。ひどいよ、みんな。


 そんなことをボーッと考えながら砂浜を歩いていると、いつの間にか瑠璃ちゃんの近くにたどり着いていた。

 その時、突然可愛らしい動物の声が耳に飛び込んできた。


「イテテ! 目に砂入った」


 はっ、と私は顔を上げる。目の前に、真っ白い、フワフワした毛の塊がいた。

 私の記憶にある姿よりも、ちょっとだけ大きくなった、その動物。思い出すのが辛くて、記憶の片隅に追いやっていた、大好きな犬。


「その声……あなた、ポメ?」


 驚いたような顔で、その犬は私を見つめた。


「もしかして、プーなのか?」


 思わず、ぶわりと涙が浮かんできた。

 あの別れの夜から、もう4ヶ月の時が経っていた。その間、私にはいろんなことがあった。


 カールに魔王だと言われ、八王子の店でチカラが覚醒し、小田原の店で絶望を味わい、瑠璃ちゃんの家に飼われ、魔王のチカラを欲する者たちに狙われている。


 でも。

 そんなことを今、私の大親友(だよね? 恋人じゃないもんね……)のポメには言いづらいな。


「プー、無事だったんだね……心配してたよ」

「ポメ、あなたも……でも、どうしてこんなところに?」


 ポメは今、人間時代に住んでいた東京の世田谷で家族に飼われていることや、理由があってしばらく旅をしていて、たまたま江ノ島の西浜にやってきたことを話してくれた。


 そっか、家族に飼われているんだ……そう思った瞬間、自然のその映像が頭に流れ込んできた。

 その映像は、ポメくんの記憶に間違いなかった。


 優しそうなパパさんとママさん。中学生ぐらいの可愛い女の子と、小学生ぐらいの男の子。みんなが次々とポメくんを抱っこしたり、撫でたり、エサをくれたりする、犬にとって最高の幸せな映像。


 ーーモフ、一緒に散歩に行こう!ーー


 広い川沿いで、子供たちと一緒にボール投げで遊ぶポメくん。そっか、今の名前は「モフくん」なんだ。


 こんな幸せそうなポメくんに、私の悩みなんて話せないよ……私のことなんかで心配させたくはないな。


 だから私は瑠璃ちゃんと一緒に暮らして幸せだということ(その部分は嘘じゃないしね)だけを伝えた。そんな話をしている私を、瑠璃ちゃんは撫でながら海を見つめていた。うん、この子といる時は心底幸せなのは間違いないよね。


「私のこと、本当に可愛がってくれるの。だから私、今は幸せ。ポメはどうして、飼い主さんのところを離れて旅をしているの?」


 一瞬、ポメくんの目が泳いだような気がした。


「うん、俺の飼い主の家族も、すごく可愛がってくれた。旅の目的が果たせたら、必ず戻りたいって思ってる」


 旅の目的ってなんだろ……そう思った瞬間、私はまた自然にポメくんの記憶を読んでいた。


 その記憶は、私にとって衝撃的なものだった。はっきり言って、知りたくなかった類のものだった。


 でも、私は知ってしまったのだ。ポメくんが、私の敵である「勇者」だということを。

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