111 あいつ、一体何を企んでるの?
私が瑠璃ちゃんの家(正確にはシュウソさんの家だけど)で暮らし始めて一週間ほどたったある日のお昼ごろ。
学校に行った瑠璃ちゃんがいない時は、私は白い服を来た人に連れられて近所に散歩にでかけるのが午前の日課だった。
でもこの日の散歩中、私は初めて他の家の人に連れられて散歩をしている犬と出会ったんだ。立派な秋田犬だ! デカい! ちょっと怖いかも……
でも秋田犬は老犬らしく、大人しそうだった。連れていたおばあさんが私を見つけて近寄ってきて、私を散歩に連れてきたおねえさんと話し始めた。
「あらら、珍しい犬を連れてらっしゃるのね」
「はい、トイプードルっていう犬なんですよ」
「まあ、プードルの小さい種類なのね」
人間たちが話している間、秋田犬はしばらく黙っていたが、話が長引きそうなのを見てとってなのか、私に話しかけてきた。
「お嬢さん、初めまして。私は秋田犬のニシキです」
「ご丁寧にどうも! 私は最近ここに引っ越してきた、トイプードルのマオです!」
やっぱり、優しそうな犬だ。
「そうですか。マオさん、湘南第4地区へようこそ。歓迎いたしますよ」
「湘南第4地区って、なんですか?」
秋田犬のニシキさんは、動物の世界の地区割りのことを私に教えてくれた。動物たちには人間たちの地図とは少し異なった地区割りがあって、それぞれ地区を納める動物がいるんだって。で、この辺りは「湘南第4地区」と呼ばれるところみたい。
「へぇ! スゴイですね。他の動物たちとお話もできるんですか?」
「そうです。マオさんは他の動物と話されたことがないんですね」
「最近までずっとペットショップにいて、犬としか話したことがないんです」
そこまで話したところで、人間同士の話が終わったらしい。私はニシキさんにお別れの挨拶をして、また会ったらいろいろ教えて欲しいと頼んだ。ニシキさんはよろこんで、と言ってくれた。
ふうん、やっぱり長く生きている動物は、ちゃんと賢いんだね。動物の世界にもちゃんと社会生活があるなんて、人間の頃は思いもしなかったな〜
散歩から家に戻ると、玄関口に大林さんが立っていた。
「散歩ご苦労様。お嬢様の部屋に戻すのは、私がやろう」
「はい、かしこまりました」
そんな会話があって、私は室内を大林さんに連れられて歩く。だけどこの日向かったのは瑠璃ちゃんの部屋ではなかった。
「マオさん、シュウソ様がお呼びですので、シュウソ様のお部屋に参りましょう」
一瞬、ん? って思ったけど、まあおかしなことは何もない。だって私を飼ってくれたきっかけは、私がシュウソ様(ヒゲパパね!)の夢に出てきたっていう不思議な縁だもの。それに飼ってもらってから、シュウソ様には一度も会っていない。仕事が忙しいのか、朝食の時も夕食の時も、いつもシュウソ様はいないからね。
まあ大金持ちだし、いろいろ忙しいんだろうなーって私は思ってた。深く考えずに。
連れられて入ったシュウソ様の部屋は、意外にもそれほど大きくはなかった。だけど、まるで王様の座る椅子、玉座? みたいな椅子が奥にドーンとあって、ベッドは見当たらなかった。寝るのはまた別の部屋なのかな?
その玉座に、シュウソ様はあぐらをかいて座り、目を閉じていた。まるで眠っているみたい。
いるよねー、椅子にあぐらで座るおじさん! まあ自分の家だし、いいんじゃない?
大林さんは私を玉座の前に連れていくと「お座りください」と言った。私は賢いワンちゃんを目指しているため、大人しくお座りをする。
「シュウソ様、マオ様をお連れしました」
シュウソ様は目を開け、あぐらを解くと、玉座から立ち上がり、私の前にやってくる。なんだろう、撫でてでもくれるのかな?
と思ってたら、シュウソ様は予想外の行動をとったんだ。
そのまま私の目前に膝を折って正座すると、手をつき、頭を下げた。これって……まるで、土下座じゃない?
その体勢のまま、シュウソ様は私にこう言ったんだ。
「マオウ様。この度は私どもの教団に降臨いただき、誠に感謝の念にたえません」
は? なんで? なんでシュウソ様、私に土下座しちゃってるの?
しかも、いま私のこと、マオウ様って呼ばなかった? 私の名前は、マオなんですけど?
「私は悟りを得るためにずっと修行してまいりました。そして10年前、天よりある啓示を受けました。まもなく、新たな魔王が生まれる、と」
「……」
「夢の中で、はっきりとその声を聞いたのです。そして私は、今の教団を作りました。あなた様をお迎えするために」
「……」
何を言ってるんだろう、この人。ちょっと、ヤバいかも……話の内容も、この人も。
「これまで私どもの教団は、シンオウ教団として活動してまいりました。ですが昨年末、10年ぶりに天の啓示があったのです。その方は夢の中で、私に伝えました。この犬が、新たな魔王だと。私は犬が新たな魔王だと聞き、正直驚きを隠せませんでした」
「……」
「ですが! そんな私の前に、あなたの使徒が現れたのです」
使徒って……だんだん話がヤバい方向に行ってる気がする。なんだか、全身の毛がチリチリとする感覚がある。これ以上聞いたら、何かが起こりそうだ。何かが……何かって、なんだろう?
「使徒様は、これまた犬でございました。なのに、流暢な日本語をお話になったのです」
人間の言葉、日本語を話す犬って、もしかして……
私には思い当たる犬は、1匹しかいない。
「使徒様は、私に『小田原のペットショップに魔王様がいる』と教えてくださったのです。私が娘や大林と向かうと、そこにあなた様がいらっしゃいました。そう、カール様のおっしゃる通りだったのでございます!」
カール……それはもちろん、あのミニチュアシュナウザーのことだ。私を魔王と呼んだあの犬、そのあと姿を一向に表さないあの犬のことだ。
あいつ、一体、何を企んでるの?
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