105 何それ、魔王って。マジウケる!

 その夜。

 私とポメくんは、私が「柴犬くんの記憶」で見たように、突進して鍵を開けてケージを突破。力を合わせてサムターンを回し、ペットショップから脱出。

 さらにポメくんが下見で見た効果もあって、なんとかビルから脱出できた。


 行き先は迷ったけど、ポメくんはやっぱり東京のいろんなところを知ってる。すごく頼もしくて、ぶっちゃけヤバくてかっこいい。


 だって、夜の六本木の街だよ? オシャレな東京の人がいっぱいいるんだよ? あ、でも街の人の服装は、派手というかなんというか、痛い。テレビで見たことのある、バブル時代の女の人の格好? なんだっけ、うーん、あ、ボディコン! あれってさ、体の線出まくりでちょっとエロすぎだよね。


 あ、話が脱線しちゃったけど、とにかくポメくんのおすすめ隠れ場所の中から選んだのは、六本木にあるテレビ局の美術倉庫だって。


 テレビ局! これもすごいよね。大学時代はそんなにテレビ見ていなかったけど、子供の頃はずっと見てた。そのうちの一つに行くことになるなんて、自分でもビックリしちゃう。


 まあビックリするといえば、今の自分がトイプードルだということにビックリするべきなんだろうけどね……


 とにかく!

 紆余曲折あって、私とポメはテレビ局の美術倉庫に身を潜めたんだ。


「疲れたでしょ、プー。明るくなるまでここで休もう」

「うん、ありがとポメ」


 信号をダッシュしたりなんだりで、結構疲れちゃった。犬だから大丈夫、ってわけでもないよね、やっぱり。

 それにちょっと寒いから、私はポメくんに体をくっつけて伏せの体制になった。


 あ! やっぱりポメくんあったかい。毛もふわふわしてるし、子犬だからかな、体温も高いんだ。くっついていると、すぐに眠気が襲ってちゃう。

 ちょっと、眠ってもいいかな……?


 ◇◇◇


 夢を見ていた。

 そこは何も無い、まるで炭で真っ黒に塗りつぶしたような黒い空間だった。上下の間隔すら定かでは無いけど、自分の足だけは見える。もちろん人間の足ではなくて、トイプードルの足だけど。

 その空間は真っ暗というより、わたし以外は何もない空間、って感じだった。


 ふと、何かが聞こえてくるので耳を澄ましてみる。


「……おう……目覚……まお……」

「えっ、何?」


 誰か、男の人の声が聞こえる。一瞬でポメの声では無いとわかる。だってポメはもうちょっと可愛らしい声だもん。

 その声はなんだか不気味っていうか、ちょっとヤバげな感じのする声だった。


「目覚めよ……王……」


 目覚めよ、王って言った? 何のことだかさっぱりわかんない。でもこの時、私はもうここが「夢の中」だって気づいていた。そんな時ないかな、これ夢だって思う時。たしかそういう時はレム睡眠と言って、眠りが浅いんだよね。


「キャウウウン!!」


 今度はものすごい犬の悲鳴が聞こえ、私の夢の世界は崩れ去った。


 ◇◇◇


「なにっ? えっ!」


 目が覚めた! あれ、ここどこだっけ? 寝ぼけて一瞬自分がどこにいるかわからなくなった。

 周りを見渡すと……え! ポメくんが他の犬に噛まれて、苦しそうな顔をしている。この犬って確か、ペットショップにいたミニチュアシュナウザーなんじゃ……


「ポメっ!」


 私が急いで声をかけると、ポメくんは表情を歪めながら大声で返した。


「プー!逃げろっ!」


 何が起こってるのか全然わかんないけど、今はポメくんの言葉を聞いておこう。私は駆け出して、ポメたちから離れた。


 その時だった。

 私の頭の中に、ワケがわからない情景が唐突に浮かんだの。


 そこは海だった。すごい波がうねり、波濤がぶつかりあって飛沫を撒き散らしている。その上に、一人の人がいる。いるというか、浮かんでいる……? 海の上に浮かんでいるその人は、よく見るとヒゲを生やしている。そしてその顔は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


 なに、この人……思わず体がゾクっとした。


 その情景は、頭に浮かんだときと同じように唐突に消え去った。何なの、今の……もしかして、誰かの頭の中なのかな? まさかポメがこんなこと今考えているわけないし、だったら、あのミニチュアシュナウザーの頭の中の映像なのかな……? 気になるけど、今はそれどころじゃないか。


 どこに隠れようかと思っていると、奥の方に大きいテレビカメラの台のようなものがたくさんある場所が見えた。あそこなら物が入り組んでいるから隠れられそうだ。私は大きなカメラ台の後ろ側に回り込み、そこで一旦動きを止めた。


「ワオーン、ワンワン!ワオーン!」


 特に意味を持たない、犬の鳴き声が聞こえた。これはポメくんの声だ。一体どうしたんだろう? と、部屋の向こう側から動く光が3つほど見えた。警察官みたいな格好をした人たち、あれは多分、テレビ局の警備員さんだ。彼らは懐中電灯であたりを探し回っている。きっとポメくんの声を聞いてやってきたんだと思う。


 すると、唐突にある映像が頭に浮かんできた。

 その映像は、低い位置をヨロヨロと何かが歩いている映像だ。その中に、私の姿が一瞬だけ映っている。


 これって……ポメくんの頭の中を読んだっていうことかな? 多分そうだと思うけど、まだ自分のこのチカラをどう扱えば良いのかわかんない。

 そもそも、これってポメくんの頭の中だよね? ポメくんを噛んでいたミニチュアシュナウザーじゃないよね……?

 うん、きっとポメくんだ。こっちに向かっているみたいだから、ここで待っていよう。


 と、そこに白いモフモフした塊がヨロヨロと飛び込んできた。ポメくんだ! さっきの映像はやっぱりポメくんだったんだ!


 だけどポメくんはそのまま通り過ぎそうで、そのままだと警備員の懐中電灯に照らされて見つかっちゃいそうだったから、私は慌ててポメくんの鼻面あたりを押さえ込んだ。


「しっ! 吠えないで。バレちゃうでしょ?」


 ポメくんはきょとんとした顔のまま、小さく頷いた。


「助けに来てくれたんでしょ?ちょっとだけポメの心が見えたからここで待ってたの」

「そっか、プーのスキルを使えば、犬の心は読むことができるんだよな」

「そう。いまのところ、プーとあの柴犬ちゃんだけだけどね」

「だったら、奴の心もたぶん見えるんだよね? あのミニチュアシュナウザーのさ。奴の考えの裏をかいて、奴だけを警備員に捕まえさせたり、俺たちだけここから逃げ出したりできそうじゃない?」


 そうか、そんなこともできるのかもしれないな。けど、やり方はさっぱりわかんなかった。それに……


「あの子の頭の中の映像って、ワケがわからなかったのよ」

「わからないって?」

「さっき彼に追いかけられたじゃない? その時、すごい勢いで彼の映像が頭に流れ込んできたの」

「どんな映像?」

「すごい波がうねってて、真ん中に変なヒゲの怖そうな老人がいて、なんかイヤらしい顔で笑っているの」


 自分で説明してても、意味がわかんない映像だよね。だけどポメくんは一瞬黙ったのち、真剣な眼差しでこう言ったの。


「そのヒゲのおじさんって、もしかして魔王じゃないか……?」


 ま、おう? あ、「魔王」のことかな? アニメとかマンガとかでよく出てくる、勇者の敵の。ふふっ、こんな時にポメったら何言ってんだろ!


「何それ、魔王って。マジウケる!」

「いやプーさん、それ笑い事じゃなくてさ……」


 ポメくんって真面目な顔してオモロイ人だよねー。あ、違う。犬だったね、私たち。そこまで考えた時、笑ってる場合じゃないってことを思い出した。あのミニチュアシュナウザー、どこに行ったんだろ?


「でもさ、あの子ってどうやって私たちのとこまでやってきたんだろうね?」

「へ? それは、多分俺たちの後をつけて……」


 そこまで言って、ポメくんは黙り込んだ。何かを考えているみたい。どうしたんだろうと思って見ていると、警備員の声が遠くから聞こえた。


「あっちだ!」


 声の方向は、私たちの方には向いていないみたい。でも、3人の警備員は一斉に動き出したから、こっちにこないとも限らないよね。


「ヤバいぞプー。逃げよう」

「わかった」


 言うなりポメくんと私は物陰から飛び出した。向かうは、聞こえた声の反対側だ。だけど、一緒に飛び出したはずのポメくんの姿がすぐに見えなくなった。どうしたんだろうと振り向くと、ポメくんは足を引きずっている。


「ポメ、どうしたのその足?」

「ちょっとケガしちゃってさ」

「大丈夫なの?血は見えないけど」

「うん、急ごう」


 再び私たちは走り出す。ポメくんは足を引きずりながら、懸命に急いでいるけど痛々しくて可哀想……

 私たちはトラックの搬入口に向かい、もう少しで外が見えるところに到着した。


 でも、その搬入口には一匹の犬が待ち受けていたの。

 もちろんその犬は、あのミニチュアシュナウザーだった。街灯を背にし、シルエットになったシュナウザーは、まるで不吉を運んできた悪魔のように見えた。


「フフフ、待っていたよ、ポメくん」

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