104 試してみない?今夜早速、ね!
初めて私の「チカラ」が発現したときは、自分で自分が信じられなかったよ。だって「自分の記憶にない記憶」が頭に浮かぶんだよ、リアルに。
まるでついさっき、自分が実際に体験したみたいにね。
でも、実際には見ていないんだ。それはハッキリわかる。誰が体験したかということもなんとなくわかるんだ。
私が見たのは、柴犬くんの見た記憶と、その時の感情。
柴犬くんは誰かに遊んで欲しくて、夜に何回も檻(ケージ)にぶつかっていたの。ぶつかるたびに痛くてたまらないけど、それよりも誰かと遊びたい! っていう気持ちが勝っていたのも、私にはわかるんだ。
何回か突進しているうちに、ケージの掛け金が外れて、柴犬くんは外に出ることができた。その時の彼は、すごい嬉しそうだった! そんなことまでわかったの。まるで自分が実際に体験したみたいに、ね。
「いや、ちょっと待って。柴ちゃんはケージから脱走した後、どうなったの?」
ポメくんは不思議そうにそう聞いてきた。もちろん私は、その後の柴犬くんの記憶? も全部知っている、というか、見ていたよ。
「あの子が脱走したのは、閉店後すぐだったみたいよ。犬飼店長にすぐにつかまって、他のケージに入れられちゃったみたい」
そんなに簡単に事は運ばないよねー。
でも、これって試して見る価値、アリじゃない? って私は思っちゃった。私かポメくんのどっちかがそのケージに入れば、同じように脱出できるんだもん。
でも、ポメくんは冷静だった。ケージに入る方法やこの事務室からの脱走方法、それにその後とか、きっちり整理して指摘してくれた。
うーん、さすが元サラリーマンだね! そういう整理能力って、私にはないもんね。
でも、実際に試してみないとわかんないよね。ダメ元でやってみないと始まらないし!
だから私は、つとめて明るくポメくんにこう言ってみた。
「そんな悲観的なことばっかり考えてたら、できることもできなくなっちゃいますよ。だから試してみない? 今夜早速、ね!」
ポメくんは一瞬ポカンとした顔をしていた。あれ、呆れちゃったかな?
えっと、えっと、どうしよう……考えなし過ぎたかな、わたし?
そう思って焦っていたら、ポメくんはキュートな顔を笑顔に変えて、こう言ってくれた。
「試してみる、ね。そっか、今晩脱走に成功しなくても、まだ大丈夫だよな」
「そ!ダメなら別の手を考えようよ」
良かった! ここでポメくんにバカなことを言う子だって呆れられてしまったら、元も子もないもんね。私は自分の尻尾が千切れんばかりに動いているのに自分でも気づくほど、嬉しくなってしまった。
うん、ポメくんに嫌われなくて良かった!
そのあといろいろ相談した結果、ポメくんは「人間の心を読む能力」を使って、女性店員の猫田さんの心を読んで、事務所を出た後、このビルからの脱出方法を探ることになったの。
猫田さんはすごく忙しそうに働いているし、なんだかあまり機嫌が良くなさそうに見えるけど、ポメくん、大丈夫かなぁ?
ポメくんはしばらく、じーっと猫田さんを睨みつけるように見つめていた。ふ〜ん、あんな感じで、人間の心を読むことができるんだ。
良く考えたら、ほんとすごい能力だよね。もし私にも、人間の時にこんな能力あったら、いろいろ悩まないでも良かったのかもね。
あ、でも相手の心が読めちゃうってどうなのかな? 嫌なこと考えていたとしたら……
なんてことを考えていたら!
いきなりポメくんが、四つの足をまとめて、力を入れ出した。これって、あのポーズじゃない? どうしていきなりウン○しちゃうの?
「ちょ、ちょっと!何してんのよアンタ」
「ん……ぐ……作戦……」
ポメくん、ウン○するのが作戦ってどういうこと? この人(犬だけど)、本当は露出狂的な性癖持っているとか……それってガチでヤバすぎなんですけど!
ポメくんは顔を真っ赤にして踏ん張っていたけど、そのうちその体制のまま、コトリと床に倒れてしまった。えっ? なにこれ、気絶しちゃったの? もしかして踏ん張り過ぎて?
しかもなんだかプルプル震えている。ちょっと、このままだとヤバそうなんですけど!
「あららら! ポメちゃん、大丈夫?」
女性店員の猫田さんがポメくんを抱っこしたけど、ポメくんは完全に気絶しているみたいで、グッタリしたまま。
そのままポメくんを抱き抱えて、バックルームに行ってしまった。
と、すぐに戻ってきて、今度は別の犬も順番にバックルームへと運んでいく。そして私もバックルームに戻され、ケージに入れられた。
隣のケージでは、ポメくんがぐったりと眠っている。
「ポメくん、ポメくん!」
呼びかけてみたけど、ポメくんは目を覚まさない。困ったな、こういうとき、どうすればいいんだろ?
あ、そうか。
私はむかし友達の家で見た、ワンちゃんの親子のことを思い出した。親犬が子犬のことをペロペロ舐めて、ブラッシングだかなんだかしていたっけな。
犬だから、ペロペロ舐めてあげたら、目を覚ますかも? 人間の感覚だとちょっと変だけど、犬になったからなのか、他の犬を舐めることに抵抗感はなかった。
それにポメくんはカワイイから、別に舐めてあげてもイヤじゃないしね!
私はケージの隙間から鼻先を出し、ポメくんの顔をペロペロと舐めはじめた。さっき、右側の顔あたりを床にぶつけていたように見えていたから、その辺りを重点的に舐めてみる。
ポメくんはやがて顔をよじりはじめると「う〜ん」と唸りながら目を覚ました。
「あ、気がついた?よかったー。倒れた後しばらく震えていたし、死んじゃったかと思ったよ」
「……ここは?」
「バックルームのケージ。ついさっきここに運ばれてきたんだよ」
良かった、どうやらケガはないみたいだし、一安心だね!
と思ったら、ポメくんはいきなり変なことを言い出して、私はびっくりしてしまった。
「プー、さっきはありがとう。ペロペロ、気持ちよかったよ」
「ちょっ……ば、バカなこと言わないでよね! 犬だから本能で舐めただけで、あんたのことなんか何とも思ってないんだから!」
なんだかツンデレみたいな言い方になっちゃって、自分でもドキドキした。あれれ、私、思ってたよりずっとポメくんのことが気になるのかな?
それとも、私って結構惚れっぽかった? それとも犬になって性格まで変わっちゃったのかな?
なんて考えたら、女性店員の猫田さんが近寄ってきて、ポメくんに「大丈夫かな〜?」なんて聞いてきた。
すると、ポメくんはフラフラと体を揺らせると「キュ〜ん」と言ってまたしてもパタリと床に倒れてしまった。
「どうしたの?? 大丈夫?」
びっくりして話しかけると、ポメくんは薄目を開いて私に小声で話した。
「シーッ。倒れたフリだから心配しないで」
「え、倒れたフリ? なんで??」
その後、猫田さんが動物病院の髭田先生(イケメン? 私はそんなに好きな顔じゃないけど)に連絡し、髭田先生はポメを診察していた。
そっか、ポメくん、何か企んでいるんだね? さすが元サラリーマン、実行力あるね! きっと前世でも仕事ができる男だったんじゃないかな、ポメくんは。
私の予想通り、診察を終えた髭田先生が事務所のドアを開けた瞬間、ポメくんは急に起き上がってドアから廊下へと逃げ出した。
なるほど、廊下の先を下見しに行ったんだね! がんばれポメくん!
猫田さんに抱き抱えられ、戻ってきて再びケージに入れられたポメくん。その顔はちょっとだけ自慢げに見えた。
「ポメ、もしかして下見してきたの?」
「うん。廊下にさえ出られたら、あとはタイミングでなんとかなりそうだ」
「マジで?やるじゃんポメ!」
やっぱり、ポメくんに相談して良かった! ポメくんは私の「頼れる相棒」って感じ!
えっと、「相棒」だけだとちょっと寂しいかな?
うーん、じゃ、「友達以上恋人未満」ってことにしておこうかな? これから先は、ポメくん次第だよ!
なんて私はポメくんに言い寄られているわけでもないのに、勝手に納得していた。
そう、まだこの時の私は、ポメくんに「ほのかな恋心」くらいの感情だった。
それが後にどんどん膨らんでいっちゃうんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます