第五章 ポメラニアンと魔王の邂逅
81 転生者の正体
六本木のペットショップ「ワンニャン王国」に訪れた客で、俺を買ってくれた佐藤家のパパさん。
人間の心を読むことができる俺をして、何を考えているかまったく読めなかった唯一の人間。
そのパパさんがまさか、転生者だったなんて。
「モフ、まず最初に言っておくが、ここは安全だ。魔王の四天王・ツキノワグマの
魔王の戦力がどのぐらいのものかは知らないが、仮にも四天王を名乗る動物が2匹いなくなった。この事実は、まだ見ぬ魔王軍にとってもダメージがあるに違いないだろう。そう俺は理解した。
「ここの動物たちは満身創痍ではあるが、裏を返せば動物軍の主要な戦力が揃っているとも言える。魔王軍がここを襲ってくる可能性は極めて低いだろう」
確かに、進化した勇者である俺をはじめ、戦士のくーちゃん、17地区リーダーのアレキサンドル、18地区の主であるウシダ師匠もいる。とりあえず一安心、なのだろうか。
「それを踏まえた上で、今夜はお前に、僕の秘密を話そうと思う。いいかな?」
「ワン!(もちろん。きかせてくれ)」
俺と佐藤パパを中心にして、ウシダ、アレキサンドル、くーちゃん、タロウ。そしていつのまにかチャトランとその配下の猫たちも部屋に集まっていた。
「まず僕、佐藤栄三だが、キミと同じく『転生者』だ」
佐藤パパこと佐藤栄三さんは、動物と話ができると聞いている。ならば、俺もここからは直接佐藤さんに話しかけてみよう。
「パパさんが亡くなったのは、いつですか?」
「モフ、君と同じ日だよ」
「やっぱり、そうなんだ……」
俺が知る『転生者』は、俺をはじめ、元女子大生だったトイプードルのプー、元フィリピン国籍の船員だった、チワワのくーちゃんの3匹だ。
ちなみに、フレンチブルドッグの賢者ソースと、シェトランドシープドッグのアフロディーテも元人間だが、俺たちとは少し違って、転生を繰り返しているようなことを言っていた。
でも、パパさんは俺と同じ日に亡くなったと言った。つまり、俺やプー、くーちゃんと同じタイミングだ。
なのに、俺たちは人間から犬に転生している。でも、パパさんは人間に転生だ。これはまったく違う。
「パパさんはなぜ、犬に転生しなかったんですか?」
俺の疑問に、パパさんは腕組みをし、難しい顔をしながら言った。
「もちろん、なぜ転生が起こるのか、その仕組みはわからないよ。でも僕が人間に生まれ変わった理由は、おぼろげながら想像がついているんだ」
「それは……なぜですか?」
「僕は君と同じ日に亡くなる前、人間じゃなかったんだ」
「人間では、なかった……?」
人間が犬に転生した俺たち。でもパパさんは、人間に転生した元動物だということか?
それって、もしかして……
「気付いたかな? 僕の昔の名前は、モップというんだ」
途端、記憶が逆流するような感覚に襲われた。
「超大型台風襲来」のテロップがでかでかと出されたテレビ画面。
人間だった頃の俺と一緒に、土砂降りの中、車に乗った飼い犬。
多摩川の濁流に飲まれ、俺の近くから流されて行った、可哀想な愛犬の姿。
モップ。
それは、俺が人間時代に飼っていた犬の名前だった。
「モップ、だって……?」
「そうだよ、モフ。いや、ご主人様。僕は今から40年前、この世界に人間として転生したんだ。赤ちゃんの頃は何が起こったのか、全然わからなかった。だって僕は、元は普通の飼い犬にすぎないからね」
「40年前に、人間になった?」
「そう。でも、僕はご主人様のことをちゃんと覚えていた。そして成長するにつれ人間の知識がついて、自分がどんな状態になっているのか、大人になるにしたがってわかってきたんだ」
普通の飼い犬だった「モップ」が人間に転生して、努力してきた姿。それが今の、宮内庁に勤める動物好きな人間の、佐藤栄三さんになったのか。
「僕は長年、なぜ自分がこんなことになったのか、ずっと調べていたんだ。そうしたらね、信じられない事実を見つけることができたんだ」
周囲の動物たちは、佐藤パパさんの言うことを一言も聞き漏らすまいと、固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「信じられない事実って、なに?」
「魔王が、この日本を滅ぼす可能性があること。そしてそれを阻止できるのは、勇者だけだってこと」
そうか、佐藤パパさんはずっと、魔王について調べてきたのか。
どうやって調べたのかはわからないが、俺の飼い犬のモップ、今の佐藤栄三さんは、すごく努力した優秀な人物になったんだ。
俺は、初めてモップと出会った時のことを思い出した。
◇◇◇
俺が人間時代に住んでいた、東京都世田谷区。その隣にある小さな市、狛江市にあったホームセンターで見つけたのがモップだった。
妻と子供と俺、3人でホームセンターに訪れていた休日。ホームセンターに併設されていたペットショップで、小さな体でチョコチョコと歩き回っていた、白い犬。
それが、ポメラニアンのモップの幼犬時代だった。
俺と妻と子供、3人ともに一目惚れだった。その日のうちに、真っ白いポメラニアンを購入し、数日後、家に迎え入れた。
俺の家族は、揃ってモップを可愛がった。散歩をし、ドッグランに行き、キャンプに行き、多摩川で遊んだ。
それなのに。
あの台風の日。俺のバカな思いつきのせいで、モップは命を落としてしまった。そして、同時に俺も。
◇◇◇
ポメラニアンだった俺の飼い犬・モップが、今の俺の飼い主、佐藤栄三さんに転生した。
そして飼い主だった俺が、モップと同じ犬種であるポメラニアンに転生し、いま、佐藤栄三さんの家族に飼われている。
そんな偶然……あり得るのか?
「僕はね、ずっと君を探していたんだ、モフ」
パパさんが、俺を優しい目で見つめながら言った。
「魔王を倒せるのは、僕と一緒に亡くなったご主人だということ。それに気づいてから、ずっと日本中の白いポメラニアンを探していたんだ」
「なぜ僕が、魔王を倒せるんですか?」
パパさんが、少し顔を歪める。あれ、どうしたんだろう?
「……ごめん、それはまだ、確信を持って言えないんだ。言ってしまうと、歴史が変わってしまう可能性があるからね」
どういうことなんだろう? 歴史が、変わるだと?
「とにかく」
切り替えるようにパパさんが続けた。
「ご主人様、40年ぶりに会えて、本当に嬉しいです。僕、モップです。一緒にたくさん遊んでくれてありがとう。愛してくれて、本当にありがとう」
「……!」
「最後は一緒に死んじゃったけど、僕は本当に、ご主人様に飼われて、一緒に遊べて嬉しかったんだ。それをずっと伝えたかったんだ」
不意に、大粒の涙がこぼれた。
俺のせいで、多摩川の濁流に飲まれたしまった、愛犬のモップ。
俺と共に、命を落としてしまったモップ。どんなに恨まれても仕方ないと、ずっと思っていた。
そのモップが転生して、今、俺の目の前にいてくれる。
「モップ……!」
「ご主人様……!」
俺とパパさんは、ひしと抱き合った。
昔は俺がモップの体や頭を撫でていたけど、今はパパさんが俺の体や頭を撫でてくれている。立場は逆転したけど、俺はモップに再び会えて、本当に心から嬉しかった。
周囲の動物たちも、みな涙を溢している。
俺とパパさんは、しばらく抱き合ったまま、本当の再会の嬉しさを噛み締めていた。
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