79 四天王最凶の動物

『進化の秘宝』を新相棒のアフロディーテより受け取り、ポメラニアンの祖先である『サモエド』に進化した俺、勇者モフ。


 相対するは、本州最強の動物・ツキノワグマの球磨嵐くまあらし。動物ショーの檻から脱走し、たぶん俺たちを全滅させるため、この場にやってきた。


 だが、球磨嵐の正体はまだわかっていない。だけど、今はそこにダウンしている黒煙ヘイヤンとほぼ同時にやってきたということは、多分こいつらは連動しているのだろう。


 俺は戦いを始める前に、少し情報を得ておくことにした。


「おい、球磨嵐。お前、魔王軍なのか?」

「ガハハハハ。さあ、どうだろうなぁ? 俺は別に、今の魔王なんてどうでもいいんだけどな」

「今の、魔王?」


 どういうことだ? その話しぶりからすると、以前の魔王に仕えていたのだろうか。


「まあ付き合いもあるから、素直にヤツらの指示にしたがってここに来たんだけどな。そういう意味じゃあ、まあ魔王軍には違えねぇな。うまいエサも動物ショーの奴らにたんまり食わせてもらってたことだしな」

「……」

「それに俺は、ヤツらからこう呼ばれているぞ。『四天王最凶』とな」


 四天王、最凶だと? やはりコイツは、魔王の四天王の1匹なのか。


「ま、そんなところで情報はいいか? どうせあと5分で死ぬんだから、欲張るんじゃねぇよ、勇者サマよぉ!」


 ガアアア! と球磨嵐は咆哮した。


「やろうぜぇ。少しは俺を楽しませてくれよぉ!」


 ズシリ、ズシリと足音を立て、球磨嵐がこちらに向かってくる。


 俺は進化の秘宝で体重80キロはある大型犬の「サモエド」に進化し、以前から比べると格段に強くなっている。

 だがいくら強くとも、犬は犬。犬がクマとケンカして勝てるなんてこと、自然界ではあるのだろうか? いや、まず無いだろうな。


 いや、でも思い出せ。あの強力で丈夫だったチベット犬の黒煙ヘイヤンを、パンチ一発で戦闘不能にした俺だ。

 もしかしたら、ツキノワグマともいい勝負ができるのではないか?


 よし、冷静になろう。奴の隙を見つけて、喉に食らいついてやる!

 作戦は決まった。


「よぉーし、じゃ、殺ろうかぁ!?」


 ガバッ、と球磨嵐は後ろ足2本で立ち上がり、前足2本を頭の横に掲げた。クマ特有の鋭い爪が、両手の先で不気味に光を放っている。


 先制攻撃は、俺だ!

 奴の腕が振り下ろされる軌道に注意しつつ、俺はジグザグにステップを踏んで球磨嵐の足元に向かう。


「お? いい動きだなぁ、勇者よ。だがなぁ」


 球磨嵐は一瞬体を反らせたかと思うと、勢いをつけて思い切り右腕を宙から振り下ろしてきた。速い!


 ブウン、と物凄い風切り音と共に、俺が数瞬前までいた場所に球磨嵐の爪がめり込んだ。

 あんなのをまともに食らったら、一瞬で背骨が折れてしまいそうだ。


 と、次の瞬間。球磨嵐は四つん這いになって俺と距離を詰めてきた。


「ガハハハ、楽しいなぁ!」


 叫びながら球磨嵐は再び右腕を俺に振り下ろしてくる。


 よし、この時を待っていた!


 振り下ろしてきた右腕を、俺の左前足で横に払う。奴の体制が崩れた瞬間、俺は球磨嵐の腕の付け根に噛みつき、奴が走ってきた勢いを利用しておもいっきりぶん投げた。


 150キロはあろうかという球磨嵐の巨体が、宙に浮く。そのまま巨大なツキノワグマは、ドサッという音と共に地面に投げ出された。


 よし、一本だ。相手の力を利用しての投げ技、これこそ俺が合気道の師匠である汐田剛三に習った、基本中の基本だ。


 そのまま球磨嵐はゴロゴロと数メートル転がり、その場に倒れ込んだ。


 ように見えた、だけだった。


 球磨嵐は倒れ込んだ瞬間、後ろの二本足に力を溜めた後、すぐに引き延ばしてジャンプしてきた。


 気づくと、俺のすぐ前に球磨嵐の巨体、そして何度も繰り出している恐ろしい右手が迫っていた。


「くっ!」


 辛うじてその攻撃をかわした俺。

 だが、奴の二の矢である左手の攻撃までは予想していなかった。奴の左手の攻撃がまともに俺の胴体に繰り出された。


「ギャイン!」


 俺は右半身が千切れるかと思うほどの激痛を覚え、その場に転がった。


「モフッ!」


 離れたところで戦いを見ていたチャトランが、俺に近づこうとする。


「チャトラン、近づくな。俺はまだ、大丈夫だ」


 俺はすぐに立ち上がる。だけど……

 わかっていた。たぶん、俺の右半身の肋骨が数本折れていることを。


 それでも、俺は戦わなくてはならない。

 たとえ相手が魔王の四天王、最凶のツキノワグマだとしても。

 もうこれ以上の援軍は、俺たち動物軍にはいないのだから。俺が、最後の希望なのだから。


「ガハハハハ。勇者よ、痩せ我慢はもうやめた方がいいぞ。お前、立ってるのが精一杯だろうが!」


 それでも、俺は、戦わなくては……ならない。

 だけど、目が霞んできた。折れた肋骨が、内臓に突き刺さっているのだろうか。体がひどく熱く、血の巡りがドクドクと音を立てているようだ。


「じゃ、そろそろサヨナラの時間だな。俺に一撃加えた動物なんて数百年ぶりだ。楽しかったよ、勇者ぁ!」


 球磨嵐が、右腕を振り上げるのが見える。

 これが降ろされた時、俺の人生、いや犬生も終わりを告げるんだ。

 今度ばかりは、もうだめだ。俺は、静かに目を閉じた。


 そのとき。


 タアァーーーーン


 何か、乾いた破裂音のような音が河川敷に響くのが聞こえた。

 これは……何の音だ?

 続いて、重い何かが土に激突する「ドスン」という音。一体、何が起こったのか。


 俺は、ゆっくりと目を開ける。すると、俺の目の前にいたのは。


「モフ、もう大丈夫だ。すぐに病院に行こう」


 話した言葉は、動物の言葉ではなかった。日本語。そう、普通の人間の言葉。

 俺を優しく抱きしめてくれた人間は、俺がこの世界に転生してきてからのマスター。


 それは、佐藤家のパパさんだった。

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