75 猛獣脱走のニュース

 昭和ギャルっぽかったヨークシャー・テリアのナツキから、突然のマジ告白。

 当然俺は困惑するしかない。


「あ、あのさ、ナツキ。なんで突然そんなこと言うの?」

「だって、初めてテレビで見た時に一目惚れだったんだもん! 仕方ないじゃん。で、とつぜん多摩川沿いでバッタリ会って、で、テンション上がっちゃって。だから変なこともたくさん言っちゃって、嫌われているかもだけど、好きなんだもん!」


 ヤバい、これガチのストレート告白だ。少し心が動いてしまう。

 目の前には、可愛らしいヨークシャー・テリアのうるうるした瞳。どうしようもないギャルかと思ってたら、実は純粋で恋する女の子(メス犬)だったなんて。ギャルは意外に純粋ってやつ?


 いや、ダメだ。

 突然の告白に心を動かされてはいけない。何しろ俺には、心に決めた女性(メス犬)がいる。彼女を裏切るわけにはいかない。ここは俺の気持ちを、ちゃんと伝えておかないと。


「あのさ、ナツキ」

「……なに? イヤだからね。断るとか、ごめんとか」


 機先を制されてしまった。

 いやいや、ここでキッチリ言っておかないと。グダグダして流されて、結局あとで後悔したことが人間時代には何度もある。

 今は言いづらいけど、ちゃんと断ろう。


「俺な、実は……」

「こんなとこにいたのか! モフ」


 俺とナツキの横に風のように現れた、虎柄の大猫。

 もちろんそれはチャトランの姿だ。いつも優雅で冷静なはずの彼女が、なぜか息を切らしている。


「ちょ、ちょっと何よアンタ! また邪魔しにきたわけ?」


 ナツキが怒ったようにチャトランに話しかける。だがチャトランは。


「すまん、今は一刻を争う。お前と話している暇はない」


 そう言うと、チャトランは俺の目をまっすぐ見ながら一気に言った。


「いま、テレビのニュースで速報が流れていた。あのツキノワグマが檻を壊し、脱走したそうだ」


 あのツキノワグマ……それはもちろん、動物ショーの時に話した球磨嵐くまあらしのことに間違いない。


「チャトラン、あいつはどこで逃げ出したんだ?」

「府中、東京競馬場だ。そのまま多摩川の方に逃げ出したらしい。奴の狙いがお前ならば、1時間もせずにここに現れる」

「1時間!?」


 俺たちの会話を聞き、ナツキも事態の深刻さを飲み込んだらしい。慌てた顔で俺に言う。


「まずいよ、モフくん。もしあれだったら、私の家に隠れる?」

「いや、ナツキ。俺はまず、18地区の主、ウシダ師匠と対策を練らないと。もし球磨嵐くまあらしの狙いが俺だとすると、俺がいないと他の動物に迷惑がかかってしまう」

「そんな……」

「とにかく急ごう、モフ」


 俺とチャトランは竹藪前の道路から、急いで多摩川のウシダの棲み家に向かう。


 一体なんだってんだ。チベット犬の黒煙のことだけでも手一杯だというのに、まだ正体が知れないツキノワグマの球磨嵐くまあらしまで敵に回るかもしれないだなんて。


 多摩川の土手を越えたところで、ウシダの棲み家の方角から、1匹の野良犬が走ってくるのが見えた。なんだか、とてもイヤな予感がする。すぐにチャトランが大声で呼びかけた。


「おい、どうしたんだ?」

「チャトラン様! 主が、ウシダ様が、チベット犬の黒煙ヘイヤンに掠われてしまいました!」

「なにぃ? あれほどの数で守っていたのに、さらわれただと?」


 チャトランが激昂する。


「お前たち、何をやっていたんだ?」

「違うんです、チャトラン様。ウシダ様は、自らの意思で『お前の望む戦士のところに連れて行こう』って黒煙ヘイヤンに言って、それでヤツの背中に乗って、多摩川17地区の方に消えていったんです」


 またしても突然現れた黒煙ヘイヤンの狙いは、前回と同じく「戦士」、つまりチワワのくーちゃんの居所らしい。


 でもウシダ師匠ほどの方が、自分の地区の犠牲を抑えるため、俺たちの希望の戦力であるくーちゃんを犠牲にするとは思えない。

 きっと、何か作戦があると思いたい。


「他に、何かウシダ様は言っていなかったのか?」


 チャトランが野良犬に聞くと、彼は思い出そうとウー、と一瞬唸った後、ハッと気付いたように言った。


「言ってました。多摩川19地区の方からもう1匹来る、と」

球磨嵐くまあらしのことか……」


 ツキノワグマの球磨嵐くまあらしの狙いは、多分俺だ。つまり、奴はまもなくこの多摩川18地区にやってくる。


 チベット犬の黒煙ヘイヤン球磨嵐くまあらしと連動して動いているのかはわからない。だが、多摩川18地区にやっかいな奴らが揃えば、俺たち動物軍は全滅する可能性だってある。


「くっ、とは言え苦慮の策には違いない。仕方ない、もし球磨嵐くまあらしが現れたら、戦うのはやめておけ、と皆に伝えよ。敵うはずもないから、とにかく逃げるのだ、と」

「わかりました!」


 野良犬は他の動物たちに伝えるため、急いでこの場を発っていく。


「そしてモフ、私たちはとにかく17地区に向かおう。なんとかアレキサンドル様と連携をとって、対策を立てなくては」

「そうだな、急ごう!」


 チャトランと一緒に駆け出しながら、俺は心の中で思っていた。

 足りない。圧倒的に、こちらの戦力が足りなすぎる。黒煙ヘイヤン1匹ですら、俺たち全員でもって対しても勝てる可能性は低い。


 俺は駒沢の動物大相撲、土佐犬が殺られた惨劇を目の前で見ている。あんな強い犬ですら、まったく歯が立たなかった相手なのだ。


 絶望的な気分になりながら、それでも俺は戦わなくてはならない、と考えをまとめる。

 だが果たして、俺の合気道はヤツに通用するのだろうか。くーちゃんとの連携で、ヤツを倒すことができるのだろうか。


 だが多摩川17地区に到着した俺たちを待ち受けていたのは、想像以上の惨状だった。

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