74 深夜の告白

 新たな俺の相棒に指名されたのは、元人間にしてお姫様、世界一鼻が効く動物、世界一美しいと自称する、本当はオス犬なのにメス犬と言い張るシェトランド・シープドッグのアフロディーテだった。


 ちょっと情報が多すぎて混乱する。しかもあの賢者ソースですら、アフロディーテの「一の家来」だという。まあこれは本人に確かめないと真偽は不明だけど。


 熱狂的な集会が終わった後、俺はウシダ師匠に説明を求めた。


「なんでアフロディーテが、僕の相棒なんですか?」

「私も説明を求めます、ウシダ様。私、チャトランでは何か不足でしたか?」


 どうやらチャトランは俺の相棒に立候補したっぽい。そういやこの猫、俺のことが好きらしいんだよなぁ、種族を越えて。


「本人も言っとっただろう。あやつは世界一鼻が効く。しかも、嗅いだことのない匂いですら嗅ぎ分けるという特殊な鼻の持ち主だ」


 は? 嗅いだことない匂いって……意味不明だ。

 さらに詳しい説明を求めようとしたとき、俺の隣にスッと1匹の犬がやってきた。アフロディーテ本人、いや本犬だった。


「二の家来、私の鼻では不足だと?」


 アフロディーテは顎をツンと上げ、俺を見下ろすように言う。たしかに、自称するお姫様っぽいけどさ、その仕草。


「いや、ちょっと理解できないんです。嗅いだことのない匂いを嗅ぎ分けるっていうことが」

「お前、元人間にしては……まあ、無理もないか。そうだな、では……お主がどこかに隠している『進化の秘宝』の場所でも嗅ぎ分けてみせようか?」

「へっ?」


 そう言うとアフロディーテは目を閉じ、鼻をくんくんさせる。目はだんだんとキツく閉じられていき、眉間にしわが寄ってきた。

 そのまま1分ほど、鼻だけを動かしたまま動かないアフロディーテ。


「……ふう。お前、あんなとこに隠していたら危ないじゃない。モグラに見つけられますわよ?」


 なに? 土に埋めたのがわかったのか? でも、俺にも反論がある。


「そんなことないです。あそこに生えている植物は地下茎があって……」

「お前の家の隣の竹林なんて、魔王軍が本気になったらすぐに探し出せますわ。甘すぎる、と言わざるを得ませんわね」


 ビンゴだ。なぜ俺の家を知っている? それに、なぜ竹林に埋めたとわかるんだ? 俺がその疑問を素直に口にすると。


「まず、あなたのニオイを探って、すぐに家はわかったわ。次にあなたのニオイがする、新しく掘り返された土のニオイを探ったら、あなたの家の隣にある竹林からしたのよ。ちょっと簡単すぎて笑っちゃうわ」


 オホホホ、とアフロディーテは実際に笑ってみせた。くそ、なんかムカつくけど図星だから何も言えない。


「そんなことより、すぐに別の場所に移しましょう。私も一緒に行くわ」


 確かにその通りだ。魔王側にアフロディーテと同じような嗅覚を持つ動物がいたら、一発でアウトだからね。


 ◇◇◇


 家の近くにアフロディーテと一緒に走って戻る俺。すると、竹林の前に1匹の犬がいた。すわ魔王軍か? と俺は一瞬警戒したが。


「あれ? ハンサムくん、もしかしてデート中だった?」


 そこにいたのは、ヨークシャー・テリアのナツキだった。隣の多摩川19地区に住むギャルに飼われている、俺がテレビカメラの前で腰を振ってしまい、大爆笑をかっさらってしまったその相手だった。


「どうしたんだ、ナツキ。こんな時間に」

「うん、ちょっと話があったんだけど……デート中なら、いいや」

「ちょっと待ちなさい」


 ずいっ、とアフロディーテが俺の前に出る。


「あなた、大きな勘違いをしているわ。この犬は、私の第二の家来よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「あ、そうなんだ。良かった」


 ん、何が良かった、なのだろう?


「お前、名をなんという?」アフロディーテが姫の威厳でナツキに尋ねた。


「私は、ナツキ。モフくんの、今は、友達……かな? 嫌われてるかもしんないけどね」


 なんだか寂しそうな顔で言うナツキ。あれ、今晩はいつもとノリが違うな。なんかもっとこう、昭和末期のギャルみたいな感じだったはずだけど。


「ではナツキ。モフと話があるなら、10分ほどここで待つが良い。私とモフはちょっと所用があるゆえ」

「うん、わかりました!」


 明るく答えるナツキ。

 俺はアフロディーテに促され、そのまま一緒に竹藪に入ると、進化の秘宝を包んでおいた黄色いバンダナ、それを包んだビニール袋を取り出した。


「これは私が持っていても良いのだが、残念ながら私には武力がないのじゃ。しばらくはお前が肌身離さず持っておくが良い。明日にでもウシダと相談し、隠し場所を決めておくゆえ、その後に連絡しよう。ではご機嫌よう」


 そう言うとアフロディーテは優雅に身を翻し、夜の街を駆けていった。

 俺はビニール袋を自分の首輪にくくりつけ、ナツキの前に戻る。


「用事、終わったの?」


 おずおずとナツキが尋ねる。


「ああ。なんだよ、こんな夜中に」

「あのね。あの……この前は、ごめん!」


 と、ヨークシャー・テリアが土下座した。犬の土下座? と思うかもしれないが、要は「伏せ」の体制に、頭を下げた状態だ。


「ちょっと、どうしたんだよナツキ。らしくないじゃんか」

「だって、私のせいでモフくんが笑い物になっちゃって。テレビで見たもん。有名な天才犬モフくん、実はプレイボーイ犬で見境なし! って」


 確かにあのナレーションはヒドかった。俺が人間なら訴えたいぐらいだ。けどまあ、テレビってそういうもんだし……実はそれほど気にはしていない。


「ナツキ、顔を上げろよ。お前は別に悪くないだろ?」

「だって、あたしのせいでモフくんが……」


 顔を上げたヨークシャー・テリアの目元には、涙が溢れていた。


「あたし、昔から好きな相手の前では素直になれなくって。ついついはしゃいじゃって。だから、迷惑かけちゃって。謝りたくって……」


 しゃくりあげながら、必死に訴えかけるナツキ。うん、こいつ、本当は素直な子だったんだな。よく言うじゃない、ギャルって本当は素直ないい子が多いって。本当かどうかは知らないけどさ。


「わかった、ナツキ。もう泣くな。そりゃちょっとはムッとしたけど、あれは事故みたいなもんだ。お前のこと悪いなんて思ってないよ」

「……」


 ナツキは少しづつ鳴き声を抑え、しばらくすると立ち上がって言った。


「じゃあ……私と、付き合ってくれる?」

「はぁ?」


 しまった、マジ告白に思わず「はぁ?」って言ってしまった。そもそも、どうしてそうなる? 謝って、許してもらったから告白って、超展開すぎない?

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