63 四天王・黒煙の狙い

「CMで魔王に宣戦布告って、どういうことですか?」


 賢者ソースが考え、ウシダ師匠から伝えられたこのこと、自分にはなんのことやらさっぱりわからない。まずは順番に説明してほしい、と俺はウシダにお願いした。


「まずは、お主たちがいなかったこの4ヶ月のことを話しておこう。チャトラン、説明を頼んで良いか?」

「もちろんです、ウシダ師匠」


 虎縞の大猫、多摩川18地区の猫たちを束ねる女帝チャトランがスッと立ち上がり、尻尾を立てながら音もなく俺の前に来ると、ゆっくりと座った。


「勇者モフ。お前、『魔王の四天王』の1匹、チベット犬の黒煙ヘイヤンに会ったそうだな?」


 黒煙ヘイヤン。その名を聞いた途端、俺の体はまたしても俺の意に反し、ブルブルと小刻みに震え上がった。まただ、またこの震えだ。


 ポメラニアンに生まれ変わって、『魔王の使徒』を自称するミニチュアシュナウザーに出会った時。アライグマ襲来の時、ボスであるガスカルが『魔王』を自称した時。そして多摩川を渡る六郷橋の上で黒煙ヘイヤンと対峙した時。


 どの時も『魔王』と聞いた途端、俺の意に反して体が震え上がったのだ。なぜだ、なぜ俺の体は魔王という言葉に対し、こんなにも弱いのだ?


 今の俺はもう「最弱」ではないはずだ。大量のモグラの群れに勝利し、そのボスである巨大モグラの女王モグザベスも倒すことができた。なのに、俺の体は魔王に対して、あまりにも無力というか、弱すぎるのだ。


「……ああ。黒煙ヘイヤンのことは、忘れられるわけがない」

「その黒煙ヘイヤンだがな。お前たちに顔見せをした後、その足でこの多摩川18地区にやってきたのだ」

黒煙ヘイヤンが、ここに?」


 体高は70センチ、体重は80キロにも達する、たてがみのある真っ黒な大型犬の姿が俺の脳裏に浮かぶ。口からは涎を垂らし、その巨体に似合わぬスピードで俺の眼前に立ちはだかったその恐怖の姿を、俺が忘れることは一度もなかった。


「なぜ黒煙ヘイヤンが……」

「ウシダ師匠への挨拶、だと奴はと抜かしやがった。お前のとこの腰抜け勇者に会ったぞ、ブルブル震えてたぞ。いつかあの弱っちいポメちゃんがここに戻ってきたら、いつでも遊んでやると伝えておけ。そうほざいていた」


 悔しい。心底アイツに舐められているのがわかるだけに、腹の底が煮え繰り返るように怒りが増す。


 と同時に、アイツが最後に言った言葉を思い出す。


(じゃ、またな。ブルブル勇者ちゃん。グハハハ!)


 その時、俺は怖さのあまり、橋の上で失禁していたのだ。情けないことに。


「……そんなことを言うために、わざわざ?」

「いや、ウシダ師匠はそう思っておらぬようだ」


 俺は驚き、ウシダを見つめた。ウシダは悠然と首をこちらに向けると、ゆっくりと話し出す。


「奴の狙いは、お主の挑発ではない。魔王か、その側近による命で来たのだろう。狙いは多分、勇者パーティの戦士を見つけることだと思われる」


 勇者パーティの戦士って、誰のことだっけ? 俺じゃないし、サバトラでもない。そんなやつ、いたっけ?


「お主……忘れたのか? 『くーちゃん』のことじゃよ」


 くーちゃん。その単語で俺はすべてを思い出した。

 アライグマ軍団の襲来、そして魔王を自称していたアライグマのガスカルとの戦い。その戦いでガスカルにとどめを刺した、小さいがパワーあふれる黒白チワワのことを。


「少なくとも魔王軍は、くーちゃんの存在を朧げにしか知らないようだ。奴らは多摩川18地区に勇者と賢者がいるから、戦士もいるはずだ、と睨んだようだ。だがお主も知っての通り、くーちゃんは隣の地区に住んでおる」


 あの優しそうなおじいちゃんとおばあちゃんの家が、くーちゃんの住処だ。魔王軍の情報網も、まだそこまではわからないらしい。


「勇者を卑下することでワシらを挑発し、怒った戦士が襲ってくるところを倒す。奴としてはそれが狙いだったのではないか、とワシは思っておるのじゃ」


 そうなのか。確かにくーちゃんは強い。が、彼もまだ子供だ。いくらパワーがあるからといっても、ただの子犬1匹であの大型チベット犬に勝てるかというと、それは難しいと思わざるを得ないだろう。


「いま、くーちゃんは戦いの訓練中じゃ。ワシや17地区のアレキサンドルが毎日、奴に戦闘訓練を行い、同時に日本語も教え込んどる最中じゃ。でも、やはりくーちゃん1匹ではあのチベット犬には勝てぬ」


 やはりそうか。でも、今の俺ならば。合気道を覚えた俺とサバトラ、訓練を受けて上達しているであろう戦士くーちゃん、それにウシダ師匠やアレキサンドルさんがいれば、いい勝負はできるのではないか。俺がそう言うと、ウシダは悲しそうに首を振った。


「いや、奴は『魔王の四天王』だ。今のワシらが束になっても絶対に敵わんよ。悲しいことにな」


 そんな、馬鹿な。何のために俺たちは『進化の秘宝』を探して4ヶ月も旅してきたんだ? 合気道まで覚えたのに、モグラの女王も倒したのに、そんな俺たちがまったく敵わない相手だというのか?


「だからこそ、賢者ソースは再び旅に出たのじゃ。そして、残されたお主やワシらにも、魔王を倒すためのプランを置いてったのじゃ」

「ソース様が、また旅に出たのですか?」


 それは初耳だ。俺が芸能界でウキウキしている裏で、様々なことが動き出している。浮かれている場合ではない。ソース様の旅に、俺も追いつかないと。


「まあ落ち着け、勇者モフよ。忘れたのか? お主がオーディションに出て、人気の犬になることも、すべて賢者様の計画通りじゃ」


 はっ、そう言えば、そんなことを誰かが話していたような気がする。でも、俺がテレビで人気になることが、なぜ重要なんだろう?


「今から、お主にテレビで言ってほしい言葉を伝える。魔王への、ワシら動物たちからの、全面的な宣戦布告の言葉じゃ!」


 ごくり、と俺は緊張して唾を飲み込んだ。

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