57 最弱ポメラニアンの死闘

 まず俺は、きれいな顔で死んでいる、いや気絶しているサバトラの頭を思いっきりガブっと噛んだ。


「グミャー、痛いニャー!」と飛び起きるサバトラ。だがすぐに周囲を取り巻く殺気、続いて興奮状態にあるモグラたちの群れの姿を見て正気を取り戻したようだ。


「ど、どうしてこんなことになってるニャ?」

「交渉は決裂だ。サバトラ、ソース様を俺たちで挟んで戦闘体制を取れ」


 詳しく説明している時間はない。すぐさま、俺の右側にいたモグラが10匹程度、尖った爪をこちらに向けながら迫ってくる。


 その爪は、地面に穴を掘り前に進むことができるほど強力で、硬くて鋭い。モグラたちの大きさは大きくとも15センチほど、1匹ずつなら犬と猫に及ぶべくも無いだろうが、集団となると話は別だ。鋭い爪を持つモグラが5匹、俺に向かって爪を立てる。


 そのとき俺は合気道日本一、俺の師匠とも言える汐田剛次にかけられた言葉を思い出していた。


 ◇◇◇


「いいか、スピ公。合気道とは、自分を殺しに来た相手と仲良くすることだ」

「ワフ?(どういうこっちゃ?)」


 もちろんポメラニアンである俺の言葉が汐田のおっちゃんに伝わるはずもないが、俺はジェスチャーでわかりやすいように首を傾げてみた。


「ハハハ、わからんか。つまりだな、極めれば戦わないことが一番だということだ」

「ウォーン?(なんだそれ?)」

「まあ理想を言ってもキリがない。話を聞かん相手がこちらを殺す気で攻めてきたら、すぐに仲良くなることなど実戦では不可能だ。だから、こうするのだ」


 ◇◇◇


 モグラたちの爪が俺の眼前に迫ったその瞬間。

 俺はあらかじめ決めていた足運びをして、寸前で爪を交わしつつ、前にいた2匹のモグラの爪を前足でチョンと動かし、その軌道を変えた。


「チュチュっ!」


 俺が軌道を変えた2匹のモグラの爪が、後から攻めて来たモグラの体に命中。仲間の爪が体にめり込んだモグラたちは、世にも苦しそうに体を捻って悶える。

 怯んだモグラのうち、一番後ろにいたモグラを俺はガブリと噛み、俺たちの前方に陣取っているモグラの群れにポーンと投げ込んだ。


「チュチュチュッ!」「ヂュー!」


 仲間をあっという間にやられ、自分たちに投げ込まれたモグラたちがパニックを起こす。

 それにしても今日はじめて知ったのだが、モグラの鳴き声ってまるでネズミみたいだな。女王モグザベスが「ケケッ!」って鳴くから、モグラは全部そうなのかと思ってたよ。


 さて、トドメだ。ぶん投げられたモグラを目で追って油断していた2匹を、前足で順番に地面に叩きつけた。俺はまず最初の5匹を全滅させたのだ。


 どうだ! 転生してからはや半年、最弱ポメラニアンの俺、初めての勝利だ!

 と思ったのも束の間、すぐに俺の後ろに10匹ほどのモグラが爪を立てながら迫っている。


「危ないニャン!」


 咄嗟にサバトラが先頭の数匹を爪で薙ぎ倒す。うわあ油断してた、助かったぜ。


「悪い、サバトラっ!」

「油断大敵だニャ!」


 戦えない賢者を挟みこむ体制に戻りながら、俺とサバトラは次々に襲いかかってくるモグラたちを倒していく。


 強い攻撃は受け流し、体制を崩したモグラには犬パンチや猫パンチの当て身を喰らわす。伊達に一週間、合気道日本一の指導を受けたわけではない。油断さえしなければ、体も小さく、数だのみ攻撃しかないモグラ達に負けようはずもない。


「やるニャ、さすが勇者様だニャ!」

「お前もな、サバトラ!」


 とはいえ、モグラたちの数は無限とも思えるほどの数。20回以上の攻防を経ても、倒せたのは100匹程度。後ろの方のモグラたちは怒気を高めており、ひとつ間違えば俺たちはモグラの群れに押しつぶされ、彼らの餌になってしまいそうだ。


「モフ、サバ。こう囲まれていては勝機がない。我について参れ!」


 言うが早いか、賢者ソースは大広間をある方向に全力疾走した。

 俺はすぐ右に迫っていたモグラの爪を受け流して口に咥え、反対側のモグラにぶん投げた勢いを使い、ソースの後を追った。サバトラもさすが猫! というジャンプ力ですぐ後についてくる。


「ケケケッ、逃すな! 奴らは入り口に向かっておるぞ、入り口を塞げ!」


 ソースが向かっていたのは俺たちが大広間に入ってきたと思われる方向。そうか、そこには入り口があるんだな。狭い通路に入り込めば、周囲からいっぺんに襲われることはない。後退しながら、数匹ずつモグラを倒していけば、俺たちがすぐに負けることはないだろう。


 だが入り口と思われる方向には、女王モグザベスの命を受けたモグラたちが100匹以上殺到し、俺たちの前を塞いでいた。さて、どうするべきか。


「我が穴の位置を正確に覚えておる。我が突っ込んで惹きつけるゆえ、モフが先に穴に突っ込むのだ。サバトラ、援護を頼む」


 よしきた、作戦は決まった。

 ためらうことなくモグラの群れに突っ込んでいくフレンチブルドッグ。よし、あの位置に穴があるんだな!

 四方八方から爪を突き立てられるフレンチブルを必死に守るサバトラ。そして俺は、フレンチブルとモグラの隙間に穴を見つけ、そこに全力で突入する。


「バウっ!(どけぇ!)」


 俺の人生、いや犬生一番の太い吠え声を出すと、穴の周囲にいたモグラたちが一瞬怯む。その隙に、俺は穴に入り込む。そしてフレンチブルの首根っこを噛んで、穴の後方に投げ込む。続いて突っ込んできたサバトラが通れるように身をよじり、サバトラが穴に入り込んだ瞬間、大声でモグラたちを威嚇した。


「バウバウバウッ!(近づいたモグラは、直ちにぶっ倒す!)」


 自分ながらカッコイイ。まるでヤンキー漫画の主人公だ! なんて自画自賛しながらも、今度は油断せず、襲ってきたモグラの爪を大きく受け流してモグラの群れに叩き込んだ。


「よしモフ、少しずつ退却するぞ!」


 ここに来た時は真っ暗な穴で、周囲が全く見渡せなかったが、今回はなぜか薄ぼんやりと光って見える。なぜかと思いよく見てみると、サバトラが光るキノコを数本、自分の黄色いバンダナに挟み込んでヘッドライト代わりにしている。やるな、サバトラ! ナイス判断だぜ!


 襲いくるモグラを数匹ずつ倒しながら、俺たち3匹は穴を退却していく。俺が疲れ果てると、サバトラのキノコを受け取り、戦いをサバトラに代わってもらう。そんなことをどれくらい繰り返しただろうか。さすがに疲労困憊となってきたころ、先頭をいくサバトラの歓声が聞こえた。


「見えたニャ! もうすぐ出口だニャー!」

「よしモフよ、モグラは放っておいて全力で出口に走れ!」


 猫、フレンチブル、ポメラニアンの順で穴を全力疾走。前方にぽっかりと開く穴は、皇居のお濠、半蔵門の近くにつながっているはずだ。


 そして俺たちは穴から外に脱出を果たした。だがその周囲の光景は、予想していたお濠の場所ではなかった。


「ニャニャ? ここはどこだニャ?」

「なるほど、伏見やぐらか。我の予想通り、伏見やぐらの土手の中に、モグラたちの地下帝国があったということじゃな」


 そこにはまるで小ぶりなお城のような『伏見やぐら』がそびえ立っていた。


「まあそれは今は良い。となると、我らが次に行かねばならんのは、伏見櫓の次に怪しいと睨んだ吹上地区だな。さっそく移動するとしよう」


 もちろん俺とサバトラに異論はない。体は疲れ切っているが、今は休んでいる場合でないことは百も承知だ。

 俺たちは頭に入れていた地図の通り、伏見やぐらから吹上地区に移動し始めた。


 だがその時、俺たちの目の前の地面が突然ボコボコと盛り上がったかと思うと、穴から巨大な動物が飛び出した。

 それはもちろん、地下帝国インペリアルパレスの女王、モグザベス2世だ。


「ケケケケッ、逃さんぞサバトラ、そして犬ども。私を怒らせたこと、永劫に後悔するが良い!」


 瞬間、モグザベスの姿が消えた。


「っ!?」


 見失ったと思い周囲を見渡そうとしたその時、俺の後方から苦しげな声が上がる。


「キャイ〜ン」


 急ぎ振り向くと、モグザベスの爪で左の胴体を切り裂かれた賢者ソースが地面に倒れ伏せていた。ソースの白い体に5本の爪痕がジワリと盛り上がり、徐々に血が染み出している。あいつ、おそろしく速いぞ。


「ソース様っ!」


 急いで駆け寄ろうとする俺の目前に、悠々とした態度のモグザベスが立ちはだかる。


「次は、お前だ」


 俺は腹を括った。コイツを倒さない限り、俺たちが『進化の秘宝』を手に入れることは叶わない。今、なんとしてもコイツを倒す!

 俺は体制を低くして、唸り声を上げて巨大モグラに対峙した。

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