56 女王モグザベスの決断

「病気、だと? ケケッ、どういうことだ賢者よ? 説明せい」


 巨大モグラが少し怒気をはらんだ口調で賢者に尋ねる。賢者はうむ、と重々しく頷いたのち、発言を続けた。いやー役者だねぇ、ソース様!


「我らの旅の目的は、ズバリ『進化の秘宝』だ」

「何だとぉ?」


 あ、巨大モグラが怒ってる。マジ怒りモードっぽいよ。いいの? 賢者様ぁ!


「そのワケは、サバトラの病気だ。本人には黙っていたが、彼は遺伝性の病気を発症しておる。そのせいで短命な一族でな、こやつもあと一週間ほどしか生きられのだ」


「ニャーン!!(ガーン!!)」


 フラフラと数歩よろめいたあと、サバトラは地面にぶっ倒れた。

「きれいな顔してるだろ。嘘みたいだろ、死んでるんだぜ、それで」

 思わずそんな名セリフが浮かんでくるほど、サバトラは死に顔、いや失神したきれいな顔をここにいる全員にさらしていた。


「ケケ? サバトラ殿、どうされた! おいお前ら、サバトラ殿の容体を診るのじゃ!」


 女王モグザベス2世の命令で、数十匹のモグラたちが素早くサバトラを取り囲む。葉っぱについた水滴を口に含ませたり、心音を確かめたり。こいつら、地下帝国の医療団らしい。


「モグラの女王モグザベスどの。このサバトラの命を繋ぐには、進化の秘宝が不可欠なのだ。秘宝を使っているであろうお主ならわかろう? 秘宝を使い、サバトラを進化させる以外、こやつを救う方法はないのだ!」


 地下帝国のホールに殷々いんいんと響き渡る、賢者ソースの声。それを聞いていた女王モグザベスは、目のないモグラなのにそれとわかるほど、渋い表情をしていた。


「……進化の秘宝は、我が帝国のもの。私が使い、女王に即位した20年前より、他の者には触れられない場所に隠してある宝じゃ」


 うん? ということは、進化の秘宝は地下帝国ここには無いってことか。


「だが、我が夫となるサバトラ殿の命を救うため、どうしても必要とあるならば……」


 渋面を一層しかめつつ、悩んでいる女王。これ、もうひと押しでいけそうだ!


「いいのか、女王よ! お主の夫となり、お主と共にこの先数十年も数百年もこの地下帝国のみならず、東京中、いや日本中のモグラたちを統べることになるこの猫の未来を、命を、お主は奪おうというのか?」


 女王モグザベスは「ハッ!」という表情で賢者ソースを見た。決まったぜ、賢者様。きっとこのモグラ女、進化の秘宝を持ってくるぜ!


「わかった、賢者どの。そして地下帝国の我がしもべども、聞くがよい!」


 ごくり、と息を呑む音のあと、静寂が地下帝国に広がった。


「我が王国の宝である『進化の秘宝』を使わねば、サバトラ殿は助からないと賢者どのはおっしゃった。そこで我が決定を伝えよう、ケケッ」

「……」


 誰一人、口を挟むものはいない。続けて女王は決定を下した。


「サバトラ殿の命は、諦める。我が帝国の宝を、他の動物に渡すわけにはいかん。この賢者と勇者もひっとらえ、牢獄で一生を終えてもらう。サバトラ殿は亡くなったら剥製にし、我が玉座の隣に飾ることとする。これは、ケケケ、決定だ!」


 考えうる限り、最悪の決定が下された。

 一気に周囲のモグラたちから怒気が発せられる。2匹の犬と1匹の気絶猫に対するのは、巨大モグラと1万匹はいるであろうモグラたち。


 最弱ポメラニアン、生涯戦績三戦三敗の俺に、勝ち目はない。


 ただし、合気道を特訓した後の俺は、別だ!


 今こそ、汐田のおっちゃんから受けた合気道特訓の成果を見せる時だ。俺は青のバンダナを翻し、モグラどもを睨みつけて唸った。

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