55 地下帝国の虜囚

 巨大モグラ(たぶんメスだろう)はまず、半蔵門からお濠に降りていく。すると草むらの影に、草で上手にカムフラージュされた穴があった。穴は意外に大きく、俺とソース様が余裕で通れるほどだった。


「こっちだよ、ケケッ」


 怪鳥のような奇声を上げ、先導する巨大モグラ。長い尻尾が左右にムチのようにしなって動いている。

 ソースは空を飛んでいるチュン太に目配せをし、穴に入らないよう指示していた。俺は穴の入り口を通りながら、小声でソースに話しかける。


「ソース様、あの巨大なモグラ、『進化の秘宝』の効果ですよね?」

「間違いあるまい。たぶんヤツが、地下帝国の長だろう」


 俺の人間時代の知識によると、日本に住むモグラは最大20センチ程度がせいぜいのはず。あんな巨大なモグラが存在するはずはなく、だとするとヤツが『進化の秘宝』の影響下にあるのは間違い無さそうだ。


「ケケッ、そっちのフワフワの方の犬。聞きたいことがある」


 穴の中を先導する巨大モグラが、振り向きもせず俺に尋ねてきた。


「お前の着けているその青い布、あの猫とお揃いなのか?」


 俺が首に巻いている青い布、それは蒲田の合気道道場主、汐田剛次に認められた証としてもらった布だ。サバトラは黄色い布を首に巻いているため、まあお揃いと言えばお揃いだ。


「まあ、同じ日に、同じ人間に首に着けられた布だからな」

「……ケケッ」


 巨大モグラは顔を一切こちらに向けないまま進んでいるので、何を考えているかまったく読み取れない。今の質問の意図は、一体何だったのだろう?

 第一、モグラなのに目が見えているような発言だったな、アイツ。進化の秘宝で見えるようになったとでもいうのだろうか。今は全く情報がないから、仕方なく俺は歩みを進める。



 真っ暗い穴をひたすら歩く、巨大モグラとポメラニアンとフレンチブルドッグ。最初のうちは外の明かりが多少漏れていたが、今は真っ暗で何も見えない。先導するモグラの音を頼りに歩いているが、穴は突然曲がっていることもあり、何度も土の壁に頭をぶつけてしまう。


「ぶつかっても土だから痛くはないけど、とにかく暗くて参りますね」

「ああ。ヤツらモグラにとってはまったく問題ないんだろうが、地上の生き物には酷な空間だな」


 視界はゼロで、なんとなくジメっとしている穴。少なくとも、もう10分以上は穴を進んでいる。気のせいか、ちょっと酸素も薄くなってきているような気がする。こんなところで戦いになったら、不利どころか一撃も与えられない自信がある。


 と。

 いきなり俺の全身がゾワゾワと音を立てたように震え上がった。

 ある地点に歩いてきた途端、信じられないほどの生き物の感覚が前方から発せられたのだ。


「――っ!」


 感じる。数百匹、いや数千、数万の生き物の気配だ。きっとこの先が地下帝国の本拠地で、そこに信じられないほどのモグラがいるのだろう、と俺は想像した。


「お前ら、そこで止まるのだ」


 先頭を行く巨大モグラが言う。この暗闇では逆らっても良いことは何もない。俺は素直に足を止め、後方でソース様も止まった気配を感じる。


「この先、扉になっておる。扉の先は地下帝国の大広間だ。ふふ、犬が地下帝国にやってくるのは何年ぶりかね」


「……俺たちが初めてではないんだな」

「まあそうだね。じゃ開けるよ。地下帝国『インペリアルパレス』にようこそ、ケケケケッ」


 巨大モグラがドアを開けたらしい。というより、開けた瞬間に差し込んだ強い光で、俺は一瞬、目が見えなくなった。


「地下に、灯り……?」


 慌てて目を閉じたが、瞼の裏に光の残像が残って動いている。太陽の光のような強烈さではなかったが、何かたくさんの光源があったようだ。


 俺は薄目を開け、少しずつ顔を上げると、目の前には驚くべき光景が広がっていた。


 空間の広さは、学校の体育館ぐらい。その中心に巨大な山があり、絵で見たことがある「バベルの塔」のように螺旋状になっていて、そこに無数の穴が開いている。


 その塔の前には巨大な玉座があり、そこには誰も座っていない。多分あそこは巨大モグラが鎮座する場所なのだろう。


 それにしても驚くのは、無数の光源の正体だ。青や緑の光を放つ巨大なキノコが壁や地面から無数に生えている。まるでゲームソフトの地下帝国のような不気味さと神秘さが同居しているかのような、幻想的な光景だ。


 塔やキノコの周りには、やはり数万以上はいると思われるモグラたちの群れ。そのモグラには皆、目がない。だが顔だけはすべてこちらに向けており、ヒゲがピクピク動いている。たしかモグラはあのヒゲと匂いだけで餌を探す、と聞いたことがある。


 壮観というか気持ち悪いというか幻想的というか、とにかく地下帝国『インペリアルパレス』の名前にふさわしい空間だった。


 俺たちを先導してきた巨大モグラはゆっくりと玉座に近づくと、よっこらせという感じで椅子に座った、というと人間みたいだが、まさに人間のような体制で座ったのだ。大きさはともかく形は普通のモグラなのに、だ。


「ケケッ。お前たち、を連れて参れ」

「はっ!!」


 数十匹のモグラが奥の方に動いていく。とは、多分サバトラのことだろうと想像できる。


 俺たちパーティから離れて地下帝国と折衝することになったサバトラとはもう4日も会っていない。たぶんサバトラは捉えられ、もしかしたら痛めつけられている。この数万匹はいると思われるモグラに攻撃されたら……考えただけでも身の毛がよだつ。


 と、広間の奥からモグラたちが戻ってきた。その後ろには……ごく普通に、何事もなかったように、スタスタと歩いてくる灰色の縞のアメリカンショートヘア。もちろん、サバトラだ。


「あーー! 賢者様にモフさん! どうしてここにいるニャン?」


 間抜けだ。間抜けな発言だ。どうしたもこうしたもないワン!


「サバトラ、お前無事だったのか?」

「はあ、ニャンともないニャ」

「じゃあなぜ何日も戻ってこないんだよ?」

「それは私が説明しよう」


 玉座の上から、巨大モグラが鷹揚な態度で発言する。


「サバトラ殿は、私たち地下帝国の賓客なのだ。だから、ここに滞在してもらっている」

「賓客? そうか、さすがサバトラ!」


 どうやら地下帝国のモグラたちとの交渉は首尾よく行えたらしい。だったら、一報ぐらい入れてくれれば良かったのに。そう思った俺に、巨大モグラは理解不能な発言を被せてきた。


「で、だ。サバトラ殿の旅はここでお終いだ。サバトラ殿は私の夫となり、この地下帝国を私と一緒に治めてもらうことにした、ケケッ!」


「はっ!?」


 サバトラが、巨大モグラの夫? 急いでサバトラを見ると、巨大モグラにバレないように俺に悲しげな目線を送りつつ、小さく首を振っている。

 どうやら巨大モグラの夫宣言は、サバトラの同意なき独りよがりの希望らしい。


「本当はすぐにでも、私との婚礼の儀を行いたかったのだが、サバトラ殿に『どうしても元の仲間である賢者ソースと勇者モフにも、婚礼に参加してほしい』と懇願されてな。まあ夫になる男の最初のワガママを受け入れた、というわけなのだよ、ケケケケケッ!」


 いやー、モテる男はつらいな、サバトラくんよ。マジ羨ましいぜ!

 巨大モグラは長い尻尾をひゅるんと伸ばすと、近くに連れられてきていたサバトラの顎あたりをスルスルと撫でた。


 一瞬、サバトラの全身が総毛立ったのを俺は見逃さなかった。恐ろしく素早い総毛立ち。オレでなきゃ見逃しちゃうね。

 つーか、よっぽどサバトラはこの巨大モグラが苦手らしい。世にも悲しげな目線を俺に送ってくるけど、うーん。もう少し状況見ておくかな。


「さて、と。では婚礼の出席者も出揃ったところで……」

「しばし待たれよ、モグラの女王どの」


 ズイッと前に出て発言したのは賢者ソース。ほい来た、待ってました賢者様。どうかこの巨大モグラを口八丁手八丁で丸め込んで下さいまし!


「婚礼は構わんがの。実はサバトラはある病気に罹っておっての、このままではあと一週間程度の命なのじゃ」


 賢者の発言に、驚く一同。とはいえ俺は初耳なので多分これはソースの嘘話による作戦だと思い、無表情を保ったままでいる。

 一方の巨大モグラは、目もないのに驚いて目を見張るようなポーズに見える。よしよし、この作戦、効いてるかもしれないね!


 だがなぜか、一番驚いているのはサバトラだった。


「二ャッ? 僕が、あと一週間の命なのかニャッ? どういうことですか賢者様っ? 説明してくださいニャー!」


 おいおいサバトラさんよ、明らかにウソ話なのに、お前が一番驚いてどうするんだよ、まったく……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る