51 猛特訓と家族の絆

 平成元年も約半年が過ぎた6月3日。

 俺たち勇者パーティはこの日、渋谷駅の近くにある宮下公園にいた。


 令和の世では綺麗に改装され「MIYASHITA PARK」なんて英語読みにしただけの洒落た施設に生まれ変わったこの公園も、平成初期はごみごみした普通の公園で、周囲にはたくさんのホームレスのビニールハウスが軒を連ねているような場所だった。


 そのホームレスたちから、この日に何が起こったかを読み取る俺。


 ――名前なんだっけ、でかいメガネのおっさんが総理大臣になったらしいなぁ――


 ――ウノソウスケだっけな? あんまり知らないなぁ――


 説明しよう。

 宇野宗佑とは、平成元年6月3日にDAIGOの祖父である竹下登総理の辞任に伴い、総理大臣に就任。だがこの年の8月、神楽坂の芸妓との女性スキャンダルが表面化、さらに参議院選挙で自民党が大惨敗し、わずか2ヶ月で総理を辞任。たった69日という短命内閣となった悲劇の総理なのである。


 そうか。ということは、この翌日はお隣中国でがあった日か。まあ、俺たちの旅にはあまり関係がないだろうけど。


 まあ、先に俺たちがなぜここにいるのかを説明しておかないとな。


 ◇◇◇


 大田区の蒲田、そこにあった合気道道場での稽古は一週間続いた。

 稽古7日目の夕方、俺と、一緒に稽古を受けていたサバトラは道場主の汐田剛次から、でかい大声をかけられた。


「よおっし! お前ら、よくやった。

 灰色猫、お前には『黄帯』を与えよう。そしてスピ公、お前には『青帯』だ。まさかお前らがこんなに上手になるなんて、最初は想像もしなかったぜ」


 そりゃそうだろう。ヘロヘロになりながら俺は思った。

「かいじん21面相」を名乗る誘拐犯の文面を信じた汐田のおっさんに最初は驚いたが、俺が思っていたより賢者ソースは賢かった。


 賢者はチュン太に命じ、もう一つ手紙を作ると、汐田の妻の実家を探し出し、妻に手紙を見せた。その文面はこうだ。


「俺、合気道を一からやり直す。お前たちともやり直したい。剛次より」


 手紙を届けたチュン太によると、犯行声明のような手紙を受け取った汐田剛次の妻は、一瞬眉をひそめたらしい。

 だが数日後、妻はこっそりと道場を覗きに来たのだが、その時見た光景は驚くべきものだった。それは、日本一の合気道家である夫が犬と猫に合気道を教えている図だった。


 妻は思わず「ブホッ!」と吹き出して笑ったらしい。なにせ身長180はあろうかという豪傑の夫が、白い子犬のポメラニアンと灰色の猫に「相手の力を受け流すんだ! ちがーう!」などと大真面目に教えているのだから。


 酔っ払って犬に相談するような夫を長年支えてきた妻だ。普通なら訳がわからない光景だが、その様子を見て涙ながらに漏らしたという独り言が傑作だった。


「剛ちゃん、本当にイチからやりなおすつもりなんだね……」


 これを全て計算していたのだとすると、やはり賢者ソースはただものではない。脅迫されて犬猫に合気道を教える夫、その光景を見て感動して涙する妻。似たもの夫婦ってまさにこのことだなぁ、と俺は思ったもんだ。



 稽古後、俺とサバトラは、汐田に黄色と青のバンダナを着けられた。汐田によると、黄帯のサバトラは合気道の少年部で7級程度、青帯の俺は5級程度らしい。おお、俺って意外に合気道の才能あったりするのかな。


「さすがに本物の帯ってわけにゃあいかないけどな。これで、かわいくなっただろ!」


 とその時、道場に入ってきたのは、汐田の妻と娘ちゃん。どうやらこの演出も賢者の作戦らしい。汐田は大声をあげて泣き出すと、妻と子供を強く抱きしめた。


「無事で良かった! 美智子、パパ心配したんだぞ!」

「パパぁ……」

「あなた……!」


 よくわからんけど、汐田一家にとってはハッピーエンドというか、家族が元通りになってめでたしめでたし、ってとこか。


少しだけ、人間時代の家族、そして飼い主一家のことが頭によぎる。人間時代にはいくら後悔しても戻れないが、佐藤さん一家のところには、この一件が終わったら、帰りたい。無事を報告したい。


 そんなことを考えながら、俺とサバトラはそっと道場を出ていった。家族水入らずで、どうかお幸せに。脅迫状の辻褄合わせで、夫婦が悩みませんように……


 そして勇者パーティはいよいよ徳川埋蔵金探しのため、都心へと旅を再開した、というわけだ。


 ◇◇◇


 で、今いるのは渋谷。ここにきたのは、俺の人間時代の知識がその理由だ。


 これから俺たちが向かうのは、天皇陛下の一家がお住まいになっている「皇居」。だが皇居に入ったことがある人間は少ない。当然俺も、皇居の地理など全くわからない。


 こんなとき、グーグル先生がいれば一発なのに。俺は時代を恨んだ。


 説明しよう。

 令和の世では大抵の人が場所を調べるときに使うであろう「グーグルマップ」だが、1989年当時には当然存在しない。そもそもグーグルが創業されたのは1998年で、マップが発表されたのは2004年のこと。平成初期ではまだ誰も想像し得ない未来の技術だったのである。


 皇居の広さは、東京ドーム約25個分という広大なもの。当てずっぽうで埋蔵金を探しても、当然見つかる確率は低い。ある程度絞って探さないとならないのだ。


 そのために地図が必要。そこで俺が思い出したのは。


「ソース様、たしか青山に地図の専門店がありました。そこで皇居の地図を手に入れませんか?」


 俺がサラリーマン時代、上司に言われて訪れた地図専門店。あそこなら、皇居が記載されている地図もあるはずだ。

 まあ神田にも地図専門店はありそうだが、とりあえず近いところで探すため、青山の地図店にほど近い宮下公園にやってきた、というわけだ。



 その夜。昼のうちに地図店に潜入したサバトラとチュン太は、首尾よく皇居の詳細な図面が描かれた地図をゲット。

 その地図を広げ、勇者パーティの作戦会議がスタートした。


 いよいよ、徳川埋蔵金探しが本格的に始まる。そして謎の『進化の秘宝』を手にし、魔王との戦いに備えるのだ。

 俺はぶるりと武者震いをすると、地図を一心に眺めた。

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