50 勇者パーティの犯行声明

「合気道か。我はいい考えだと思うぞ、勇者モフよ」


 翌朝、賢者ソースに相談してみると、彼は良いアイデアだと誉めてくれた。でも、実現するために課題は多い。


「そもそも犬って合気道、できるんですかね? それに汐田のおっちゃんに教わるとして、どうやって彼に伝えたら良いんですかね?」


 うーむ、とソースは考え込む。

 魔王を倒したい。そのために強くなりたい。でも非力なので、非力でも戦える合気道を習いたい。小型犬だけど、できますか?

 それだけの内容を人間に伝えるなんて、犬の俺には到底敵うべくも無い望みだ。


「モフさん、本で勉強するっちゅうのはどうかニャ?」

「理論を学ぶのはそれでいいけど、格闘技って知識だけは強くなれないよ。実践が伴わないとね」

「たしかにその通りだ、モフ。理論というのは実践あってのこと。戦いの基礎や動きの何たるかを体に叩き込まないと、理論は活かせないものだ」


 賢者はその後、かの宮本武蔵も新撰組の近藤勇も、など歴史的な人物を挙げて教えてくれたけど、まあそこまで強くなれるとは思っていない。ただ、今の俺は弱すぎる。少しでも戦いでチャンスを作りたい、まずはそこからなのだ。


「僕に良い考えがあるチュン!」


 珍しくチュン太が議論に混じってきた。その体から、脳みその方はちょっと頼りないのでは? なんて勝手に思っていたチュン太だが、なにか良いアイデアでもあるのだろうか?


「簡単だチュン。新聞とかチラシとかの切り抜きで、伝えたい文字列を切り貼りして送りつければ良いチュン!」


 あー、あれか。「娘は預かった。身代金3千万円用意しろ」とか、新聞の文字を一つ一つ切り抜いて手紙に貼るやつか。ドラマで昔はよく見た設定だ。


 ふむ、と賢者は考えている。いやいや、考える必要あるぅ? 犬がいきなりそんな手紙渡してきたら、人間だれでもびっくりするだろ。それで犬に合気道教えるなんて、漫画やファンタジー小説でもあるまいし、あり得んでしょ?

 だが、賢者は意外にもそのアイデアを採用することにしたようだ。


「文面によっては、うまくいくかもしれん。どれ、我に任せてみよ。たまには賢者らしきところを見せんとな!」


 賢者は、自分があんまり役に立っていないことを少し自覚しているらしい。あれ、俺らの態度に現れちゃってたかな? ごめん、賢者。


 ◇◇◇


 その日の夕方、汐田剛次は通いの弟子である小学生二人への指導を終え、子供たちを送り出した後、道場の上にごろりと寝転んだ。

 貸しビルの一室で粗末な作りだが、その上に板を張り、雰囲気だけは立派な道場風の飾り付けをしている。いくら汐田が合気道日本一とはいえ、それだけで儲かるほど世間は甘くないのだ。


「あーあ。やっぱりカミさん、迎えに行った方がいいよなぁ」


 そう独り言を言ったとき、彼はふと道場の隅に目を惹きつけられた。そこに、なにか見慣れない紙が置いてある。

 勢いをつけて飛び上がり、紙を拾おうと近づく汐田。だが近づくにつれ、彼の顔は蒼白になった。ひったくるように床から紙を拾い上げると、彼は文面を読み上げる。


「むすめは あずかったで かえして欲しくば いぬに合気道 おしえろや 

 かいじん21面相」


 汐田の眉根が強く寄せられる。言葉は理解したが、意味がわからない。そういった表情をしている。


「あんなので信じるわけないでしょ? 何考えてるんすかアンタ!」


 道場があるドアの外では、2匹の犬が小声で言い合いをしていた。


「そうでもないぞ? この時代の人間にとって、まだ『かいじん21面相』は記憶に新しいところだからな」


 説明しよう。

『かいじん21面相』とは、昭和59年から60年にかけて起きた、一連の企業脅迫事件の犯人が自称した名前である。

「グリコ・森永事件」と一般に呼ばれ、青酸入りの菓子を小売店に置いた事件は、犯人が報道機関に送りつけた関西弁の挑戦状の文面などから「劇場型犯罪」と名付けられ、日本中の話題の的となったのである。


「だからと言ってここは東京だし、その事件から4年も経ってますよ? しかも犬に合気道おしえろや! って、アンタ本当に賢者か!?」


 世にも情けなさそうな顔で白いフワフワした方の犬が吠える。だがもう1匹の犬は顎をしゃくり、道場の人間の方を見た。


「かいじん21面相…… 犬に教えろ…… どの犬だ!?」


 汐田は焦りの表情で周りを見渡すと、急に駆け出し、ドアを開けた。そこには数日前、酔っ払って話しかけたフワフワの犬がいる。


「おお、スピ公じゃねぇか! お前か! お前に合気道教えればいいんだな? よおし、ビシビシ行こうかぁ!」


 いつの間にかもう1匹いたはずの犬の姿は見えない。それを知らない汐田は、フワフワの犬を抱き上げるやいなや、その顔に深くキスをした。犬は世にも嫌そうな声で「キャン!」と泣いて、いや鳴いていた。

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