52 皇居の研究

 渋谷、夜の宮下公園。

 俺たち勇者パーティー3匹と1羽は皇居の地図を取り囲み、研究を始めた。

 まずは賢者ソースが地図を眺めながら話した。


「地図を見ると、皇居は大きく分けて5つに分かれておるな。そのうち、日本武道館がある北の丸公園、そして二重橋がある皇居外苑は、今回の埋蔵金捜索の範囲から外してよかろうと思う」

「それは何故なんですチュン?」


「これらは一般の人たちも立ち入ることができる地区だ。改修工事や整備の工事も度々行われておる故、ここに徳川埋蔵金があった場合、とっくのとうに発見されていてもおかしくない。なのに、見つかっておらぬ。つまりはこの2地区にはないであろう、と予想できるのだ」


 確かに賢者の言う通りだ。俺も人間時代、この辺りは通ったことがある。あんなところに埋蔵金が埋まっているとは到底思えない。


「なら、ほかの3つの地区はどんなとこなんだニャ?」

「まずは、皇居東御苑。ここは江戸時代、江戸城の本丸、二の丸、三の丸があった場所じゃな。城があったということは、埋蔵金を埋めやすいという場所的なメリットがある」

「それなら、皇居東御苑で決まりじゃないのかニャ?」


「ただし、だ。ここも実は一般に解放されておる地区でもある。天守台をはじめ、富士見やぐら、大手門など古くから伝わる建物もあるし、雑木林や竹林に埋めたという可能性も否定はできぬ。だがやはり、人通りが多い場所に埋蔵金が埋まっていて、それが掘り出されていないと言う可能性は低いと思わざるを得ぬのだ」


 確かに、賢者が言うことは一理ある。人が多数訪れる場所は、人の手が入る場所でもある。明治維新からこの平成元年まで、きっと大量の財宝であろう徳川埋蔵金が見つからないわけがないのだ。


「となると、絞られるのは2地区だ。その一つが、宮殿地区だ」


 ソースは宮殿地区を右足で指し示しながら言う。


「ここは皇居宮殿長和殿ちょうわでんや宮内庁、伏見やぐらなどがある。海外からの賓客を招いたり、レセプションを行ったりする、言わば『皇室にまつわる仕事をする場所』と言ってもいいだろう」


 なるほど、テレビでは何度か見た気がする。大広間があって、そこに偉い人たちがたくさん集まってパーティしてるところが長和殿ちょうわでんというところか。となると、ここもたくさんの人が来るってことではないのだろうか? 俺が疑問をぶつけると、ソースは頷きつつ答える。


「モフの言う通りじゃ。なんだかんだ、皇居は一般人には馴染みがなくとも、大体の場所は人の出入りができる場所だということじゃ。まあ皇室は王族ではないし、今は国民の象徴だ。いろんなところに出入りはできるのだから、つまりこの辺りもそれほど怪しくはないということだな」


「それなら、宮殿地区にもないということなのかニャ?」

「ただし、1箇所のみ、我が怪しいと睨んでいる場所があるのだ」

「それは、どこチュン?」


「それは、伏見やぐらだ」

「伏見やぐら?」


 説明しよう。

 伏見やぐらとは、江戸城西の丸に建てられたやぐらで、1628年、3代将軍家光公の時代に京都の伏見城から移築したものと伝えられている。堅牢な石垣に建てられたやぐらであり、あの関東大震災でも崩れることなく、江戸時代の城の姿を今も留めているのである。


「江戸から続く建物。堅牢な石垣。それを支える土台におほり。数百年も大工事が行われておらぬ場所、怪しいとは思わぬか?」

「確かに、怪しいニャン……」


 なるほど。石垣や土台の部分に隠し部屋がある可能性も否定できないというわけか。さすが賢者ソース、皇居に詳しいな。いや待て、ちょっと詳しすぎないか? 知識が深すぎないか?


「ソース様、なぜそんなに皇居に詳しいのですか?」


 思わず聞いてみた。だがその答えは、意外すぎるものだった。


「明治時代、我はお主ら人間が誰もが知る、明治政府の有名人に転生しておったのじゃ。まあ、総理大臣もやっておった」


 なぬ? 明治時代の総理大臣って言ったら、初代総理の伊藤博文をはじめ錚々そうそうたる面々じゃん! ねえ、賢者様って、一体誰だったの?


「まあ、それは勘弁してくれ。その当時の我は、魔王討伐にはまったく役に立たん賢者だった。だから言うのは恥ずかしいのだ」


 はー、おでれえたよオラ。

 まさか賢者様が総理大臣だった時代があるなんてなぁ。それなら江戸城や皇居にやたら詳しいのも納得だ。


「とにかく、我が怪しいと思っておるポイントの一つ目が『伏見やぐら』なのだ」

「わかりました、賢者様。で、一つ目と言うからには、他にも怪しいところがあるということですね?」


 俺の問いに賢者は大きく頷く。


「話を進めよう。皇居の最後の地区が『吹上地区』だ。ここはつまり、皇族の住居がある場所じゃな。つまり天皇家のプライベートゾーンじゃ」


 なるほど、たしかに吹上地区は流石に人の出入りが他に比べると圧倒的に少ないだろうな。


「皇居御所、吹上大宮御所、生物学研究所など、どれも一般の者は入れんし、だからこそ人の手があまり入っておらん場所が多数残っておる。つまり、吹上地区はどこに徳川埋蔵金が埋まっていてもおかしくはないのだ」


 確かにそうだ。だが、埋蔵金探しの範囲としては広すぎる地区でもあるな。これは想像以上に大変な宝探しになりそうだ。


「……皇居について、大体理解しました。ソース様、ではどこから、どのように探しましょうか?」


 はっきり言って、今の段階では見当もつかない。テレビ番組のようにたくさんのスタッフと工事用機材、研究者による金属探知機などを使えば短期間で探せる可能性も高いが、俺たちは犬猫雀の小動物だ。

 いくら犬は穴掘りが得意、と言っても限界がある。


「そこでじゃな、我はまずチュン太とサバトラに、今から言う動物がいるかを探して欲しいのだ。まずチュン太」

「はいチュン!」


 いきなり振られてチュン太が直立する。


「お主は、皇居のほりや皇居内の池を探ってもらい、亀を探して欲しいのだ」

「亀、ですか。なぜ亀を探すチュンか?」

「ただの亀ではない。江戸末期、大政奉還の頃から生きておる長寿の亀がまだ生きておるかも知れぬ。その亀なら、なにか秘密を知っておったり、実際に埋蔵金を埋めているところを目撃している可能性もあるからじゃ」


『鶴は千年、亀は万年』とよく言うが、実際にはそんなに長命ではないと聞いたことがあるけど、江戸末期から生き残っている亀なんて本当にいるのかな?


「これは運が良ければの話だ。我もそんな長命の亀がおる可能性は低いと思っておる。そこでサバトラの出番だ」

「はいニャ!」


 これまた突然振られたサバトラがびっくりして背筋を伸ばす。


「お主は情報を集め、皇居に住む地下民族と交渉して欲しい」

「地下民族って、一体ニャンのことですかニャ?」


 フレンチブルドッグの賢者ソースは、いつも伸びている背筋をさらにピンと伸ばすと、その皺くちゃな顔を振るわせながら重々しく言った。


「これは言い伝えなのだが、実は信ぴょう性がある伝説なのだ。皇居の地下には、モグラたちによる国が築かれておるらしい。奴らは数百年の長きにわたり、皇居の地下で繁栄を続けておる、という確かな情報があるのだ」


 モグラたちの国が、皇居の地下に? なんだそれ、ちょっと面白そうなんですけど。


「地下に暮らしておるモグラたちなら、必ず徳川埋蔵金にまつわる情報を知っているはずだ。そのためにも、奴らと交渉が必要なのだ」


 たしかに一生のほとんどを地下で暮らすモグラなら、埋まっているであろう埋蔵金のことを知っているはず。やっと、大きなヒントが得られた気がしてきたぞ!


 だがこの時、俺や賢者ソースはまだ知らなかったのだ。

 モグラたちが、あれほどまでにかたくなで話の通じないヤツらである、ということを。

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