45 オッドアイの猫

 江ノ島のある藤沢から東京の中心に行くには、もし車なら横浜新道から首都高速に乗るか、第三京浜を使えば良い。電車なら東海道線か小田急線、お好みの電車に乗れば良い。ただし、人間なら。


 ポメラニアンとフレンチブルドッグ、アメリカンショートヘアの宝探し勇者パーティ。空を飛べるスズメはいいとして、この3匹が自力で東京に向かうのは結構大変だ。道路は危険だし、かといって道路以外を使うと遠回りになって時間がかかる。


 江ノ島を出発して2日後、俺たちは鎌倉の大船駅付近にいた。遠くには巨大な大船観音が見える。


「ちとすまん、今日はまだ早いが、ここで泊まらんか?」


 賢者ソースが早くも音を上げた。パーティで移動する時は自然、一番遅い者にペースを合わせざるを得ない。


「そう来ると思いましたよ。じゃサバトラ、交渉頼む。チュン太も食糧探し、よろしく」

「行ってくるニャ!」「わかったチュン!」


 俺と賢者は、待ち合わせ場所に指定した観音様目指して移動を始めた。


 ◇◇◇


 ニャオ! 僕はサバトラ。はじめて語り部に抜擢されて、ちょっと緊張してるニャ。純血のアメリカンショートヘアと種類の猫で、まだ2歳。賢者様にご指名を受けて、勇者パーティで外部との折衝役をしているニャ。


 え、語尾がニャーニャーうるさいって? わかったニャ、一旦やめるニャ。


 多摩川18地区にいた猫の中でなぜ僕が選ばれたかって? まあ後で聞いたんだけど、僕たち猫の中で武力が一番高いのは、間違いなく女帝チャトラン様だ。でも彼女がいないと曲者揃いの18地区の猫はまとまらないから、いつ終わるかもしれない旅には連れて行けなかったそうだ。


 他にも戦いが強い猫はいたんだ。俺の先輩の三毛猫、ホームズさんなんか、調子が良ければチャトラン様と互角に戦えるし。

 でも僕が抜擢されたのは、何と言っても僕の「交渉術」が優秀だからだ。


 僕の飼い主は子供のいない40代夫婦で、両方とも弁護士だった。二人はとても仲がよく、ヤメ検だという元検事の旦那さんが検事側、奥さんが弁護側になって、さまざまなことをリビングのテーブルで議論していた。


 あ、説明するニャ。

「ヤメ検」とは元は検事だったけど辞めて弁護士になった人のことニャ。どっちも司法試験に合格した人がなる職業だから、最初検事をやっていたけど定年になって弁護士に転身したり、弁護士の仕事に興味を持って検事から転職したりの2種類があるそうニャ。


 いかんいかん、慣れない説明をすると語尾につい「ニャ」が出てしまう。とにかく飼い主は家のリビングで「仮想裁判」をするのが趣味だった。幼猫の時は何話しているかわからなかったけど、毎日聴いていると理解できるものだ。で、自分の弁が立つ、交渉術が得意な猫になったというわけだ。



 さて、まずはこの辺りを仕切っている動物に話を通さないとな。ここは「湘南第4地区」で、たしかあるじは猫だったはず。でも主は鎌倉市の中心がナワバリだから、この辺りの地区のリーダーを探さないとな。


 僕は通りがかった猫に聞き、リーダーがいるという大船駅の東口にやってきた。いつもこの辺りにいるそうだけど……


 あ、いた。駅の売店の上で、気持ちよさそうに眠っている三毛猫がいる。俺は塀を伝って売店の上に登ると、三毛猫に話しかけた。


「お休みのところすまない二ャ。僕は多摩川17地区のサバトラ。賢者ソース様と一緒に旅をしているんだけど、一晩どこか泊まるところを教えて貰いたいんだけどニャー?」


 話の途中から三毛猫は目を開けて僕の話を聞いていたが、その顔を見て少し驚いた。彼女はオッドアイで右目が黄色、左目が青色だった。すごく珍しいな、話には聞いたことあるけど、僕ははじめて見たよ!


「あんた、アメショか。綺麗な灰色のトラ縞だね」


 彼女の声はハスキーでセクシーだった。僕よりちょっと年上、3〜4歳かな。謎めいた両目で見つめられながら彼女のハスキーな声を聞くと、なんだか体の力ふにゃふにゃと抜けていくようだった。


「あ、あなたこそとっても綺麗で、素敵で、あの……」


 ふっ、と一瞬笑った三毛猫は、笑顔のまま答えた。


「私はロイエン、この辺りのまとめ役だよ。賢者ソースが旅をしていることは風の噂で聞いた。ウチの地区に立ち寄ってくれて光栄だよ」

「では、泊まる場所をどこかご存知で?」

「狭いけど、ウチにおいで。たいしたもてなしはできないけどね」


 ドキリとした。このミステリアスでセクシーな方の家に泊まる……いや、別に僕が誘われたわけじゃニャいのは百も承知だ。でも、ちょっとドキドキする。


「案内するよ、一緒においで」


 そう言うなり、ロイエンは売店の上からサッと飛び降り、塀の上を走っていく。慌てて僕もその後を追う。


「サバトラ、賢者と旅してるってことは、アンタ強いのかい?」

「えっ、僕ですか?」


 僕はパーティーの折衝役で、強くはないです。普段ならすぐにそう話すのだが、なんだか彼女に「強くない」と思われるのがとても嫌だった。


「は、はい。僕、ソース様の右腕と呼ばれていて、この前も魔王軍のアライグマをバッタバットと千切っては投げ……」


 ロイエンは走りながら、クスリと笑って言った。


「そうかい。じゃあ私に何かあったら、助けてくれるかい?」

「え、あ、はい! この命にかけても、ロイエンさんを守ると誓います!」


 あああ、僕って本当にお調子者だ。彼女に気持ちがバレバレになっちゃってる気がするし、かなり恥ずかしい。

 こっそりカラダ鍛えておかなきゃニャ……

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