44 賢者の迷いと決断
「すまぬ。我には『破魔の剣』を見つけられないかもしれん」
猫のサバトラがその日見つけてきた寝ぐらは、海沿いの寂れたボートハウスだった。近所の犬が地面に穴を掘り、夜の間なら人間が訪れない場所だと教えてくれたのだ。
その寝ぐらで夕食を終えた後、いきなり、賢者ソースが謝ってきたのだ。
「賢者様、どうしたチュン? ずいぶん弱気だチュン」
「そうだニャー。いつも自信満々のソース様らしくニャい」
チュン太とサバトラが賢者に質問する。それにしても俺の動物語の翻訳、ずいぶん動物の種類がわかりやすくなってきたな。本来はまったく別の種類の動物たちが話せることも驚いたけどね。
やっぱり実際にやってみないとわからないことって、世の中にはたくさんあるもんだ。まあそう思っていても、犬に転生するなんてレアすぎる経験だけどさ。
「先ほどな、魔の気配が消え失せたのだ。魔王か、破魔の剣かはわからん。だが、突然何の気配もしなくなったのだ。なんど予知しても、かすかな気配もなくなってしまった」
「そんなことって、今までもあるんですか?」
真っ白いフレンチブルの賢者ソースは、いつものように背筋をピンと伸ばしながら、顔の皺をより一層深くして言う。
「我の長い経験でも、初めてのことだ。こんなこと、ありえぬ」
苦渋に満ちた表情の賢者。一番戸惑っているのは彼自身らしい。それを見ていると、到底責める気にはならない。
「仕方ありませんよ、ソース様。剣がダメなら秘宝を探せば良いじゃない! ですよ」
軽口を叩いて慰めようとしたが、ソースはトボトボと壁に体をつけると、そのままうずくまってしまった。
「……そっとしておくのが一番ニャン」
「明日になったらまた見つかるかもしれないチュン!」
そうだな。今はそっとしておこう。
それに俺も、今夜は彼女のことだけを考えていたい。茶色の親友のことを。
◇◇◇
翌朝。
俺が目を覚ますと、他の2匹と1羽はすでに支度を終えていた。まあ支度といっても荷物は一つもないのだが、なんとなくそんな雰囲気だ。
「昨晩はすまなんだ、勇者モフよ」
「いえ、とんでもない。ソース様は大丈夫ですか?」
「うむ、わからぬことはわからぬ。初めての経験だが、このことも一つの経験として受け入れる他ない」
さすが、賢者を名乗るだけある。悟ってんな、この犬!
「そこで、今度は進化の秘宝を探ってみた。夜明けからずっと探ったところ、一つの予知が降りてきたのだ」
「その予知とは?」
うん、すっかり元気を取り戻しているようだ。確かに、必ずしも破魔の剣から見つけなければならないという旅では無い。
進化の秘宝が見つかるなら、それはそれでオッケーだ。
「我の今度の予知は、多分間違いない。いいか、予知の内容を話すぞ」
ごくり。犬と猫とスズメが唾を飲み込んだ。
「我ら勇者パーティはこれから、東京に戻る。俗に『徳川埋蔵金』と呼ばれておるものがあることを、元人間のモフなら知っておろう」
突然のフリだが、もちろん知っている。
説明しよう。
徳川埋蔵金とは、1867年に江戸幕府が明治政府に大政奉還を行った際、幕府が密かに隠したと噂される巨額の金塊や貨幣のことである。明治政府が必死になって徳川埋蔵金を探したり、昭和のテレビ番組でも何度も特集されて関東各地を掘り起こしたが、いまだに発見に至っていないロマンの一つである。
「で、徳川埋蔵金がどうしたんですか?」
「実はな、今朝の我の予知で、徳川埋蔵金の正確な位置を見つけてしまったのだ!」
ななな、なにー!?徳川埋蔵金の場所を予知したとな? それって、世紀の大ニュースじゃない?
「そして、進化の秘宝は埋蔵金とともにある。どおりで明治、大正、昭和と見つけることができなかったはずだ。まさか埋蔵金とともに埋まっておるとはな」
賢者によると、慶応時代から昭和時代までの4世代にわたり、「退魔の剣」も「進化の秘宝」も見つかっていない。そのため、それらの時代は魔王が猛威を振るい、震災や戦争が次々に引き起こされてしまったのだという。
それにしても、すごいすごい、まじヤバい。俺も興奮してきた。俺って人間時代、こういう怪しいネタ、埋蔵金とかUFOとかUMAとか超能力って大好きだったんだよねー!
「で、賢者様。その埋蔵金は東京のどこに埋まっているのかニャ?」
「フフ、それがな。まさに、灯台もと暗し、だ」
「というと?」
「江戸城だ。まあ今では、皇居と呼ばれている場所に埋まっておる」
マジか? それって、いいの? 俺たちワンちゃんたちが掘り起こしちゃって、宮内庁とかに怒られない? 皇宮警察とか公安警察とかに捕まったりしない?
「まあ、我らの目的はあくまでも『進化の秘宝』だ。他の埋蔵金は、未来の日本のためにそのままにしておくのが無難じゃな」
チッ! 埋蔵金はそのままかよ。ちょっとぐらい、いいんじゃね?
なんて俺は勇者らしからぬ考えを心に思い浮かべつつも、それを口には出さないほどの理性はあった。
「では参るぞ。目標は東京、皇居。徳川埋蔵金を掘り出しに!」
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