43 茶色の親友、そして
不意に、涙が溢れた。犬って泣くのかって? そんなの関係ねえ。
犬だって泣いたっていいじゃないか。しかもこれは嬉し涙だ。
「プー、無事だったんだね……心配してたよ」
「ポメ、あなたも……でも、どうしてこんなところに?」
俺とプーは、別れて4ヶ月の隙間を埋めるかのように互いの境遇を話した。
俺は人間時代に住んでいた場所の近くの家族に飼われていたこと。理由があってしばらく旅をしていて、たまたま江ノ島の西浜にやってきていたこと。
そしてプーは、最初ワンニャン王国の八王子店に移され、さらに小田原の店に移されたこと。2月に鎌倉の家族に飼われ、今はそこの飼い犬として暮らしていることを話してくれた。
「お店で2ヶ月も売れなくて、体ばかり大きくなって。ほんと、毎日が地獄だったわ。売れずに大きくなってしまった犬の行く末は、テレビで知っていたからね」
そうだ、プーはそれを一番恐れていた。ペットショップで売れ残った犬の末路を辿るのが怖くて、俺に脱走を持ちかけたのだ。結局それは果たせなかったのだが、今は幸せに暮らしているらしい。
「この子、るりちゃんって言うんだけどね」
プーの背中をずっと撫で続けいる女の子を一瞬見て、プーが続ける。
「私のこと、本当に可愛がってくれるの。だから私、今は幸せ。ポメはどうして、飼い主さんのところを離れて旅をしているの?」
痛いところをつかれた。もちろん、魔王を倒すために「破魔の剣」と「進化の秘宝」を探すという目的は揺るがない。だが今の幸せなプーに、そんなことを話すべきではないと思ったからだ。
「うん、俺の飼い主の家族も、すごく可愛がってくれた。旅の目的が果たせたら、必ず戻りたいって思ってる」
プーはじーっと俺の目を見つめる。しばらくして、プーは言った。
「……そう、わかった。キミにしかできないこと、あるんだもんね。でもね」
一呼吸置いて、プーが続ける。
「モフとしての暮らしも、あなたにとってきっと楽しいと思うわよ、私は」
モフとしての暮らし、か。
佐藤家のパパさん、青葉ママ、友梨奈ちゃん、風太君。そして多摩川17地区の動物たちと、のんびり飼い犬として暮らす。それは確かに悪くないどころか、幸せだろう。
でも……あれ、ちょっと待った。何かが引っ掛かる。何だ、何かがおかしいような気がする。
「そうよ、ポメは忘れたの? 私、動物の心を読むことができるって」
言われて思い出した。俺が人間の心を読むスキルがあるように、ポメは動物の心を読むスキルがあるんだった。
俺がさっき感じた違和感は、俺がプーに「飼い犬としての名前」である「モフ」という名前を伝えていないのに、プーがその名を言ったからだ。
「うん、勝手に心を読んでごめんね。でも、本心から言い訳させて。あなたは私の親友……ううん、もしかしたらそれ以上。だから、あなたのことを心配しているのよ」
心を読んだということは、プーは魔王のことも知ってしまったのだろう。
それに、親友以上……確かに俺も、プーのことは、本当に特別な、大切な存在だ。今日、それがわかった。
「大丈夫だ、プー。俺を信じて。俺、いつか君と……」
「ポメ……私も」
ゆっくりと、ポメラニアンとトイプードルの顔が近づく。心臓の鼓動が高まり、俺の心音が相手に聞こえるんじゃないかと恥ずかしくなるほど。
もう少しで顔と顔が接触する、そのタイミングで飼い主のるりちゃんが突然立ち上がった。
「さ、そろそろ帰るよ、マーちゃん! 大林さん、車は?」
「あちらに停めてます」
ハッとして、俺たちは顔を離した。
ああ、何でこの時代にはケータイやスマホが無いんだろう。あったとしても、なんで俺は犬なんだろう。とっても大事なものを、もう少しで手に入れられそうなのに。毎日でも、連絡したいのに。声を聞きたいのに。
「ポメ、湘南第4地区で私を探して! 私はそこに住んでる。土地勘がないから住所はわからないけど」
リードを付けられ、るりちゃんに連れられながらプーが叫んだ。
俺の今の名前を知っているのに、プーは俺のことを「ポメ」と読んだ。飼い主の女の子、るりちゃんも彼女のことを「マーちゃん」と呼んでいたから、彼女も飼い犬としての名前があるのだろう。
だけど、俺と彼女はいつまでも「ポメ」と「プー」だ。
「わかった、必ずキミを探す。プー。それまで、元気で!」
「ポメも、無理しないでね! またね!」
茶色の友人は、飼い主に連れられて去っていった。
俺の人生、いや犬生にこの日、もう一つの目標が生まれた。
いつの日か、茶色の親友・プーと、親友以上になりたい。きっと、必ず。
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