第三章 勇者パーティの宝探し
42 潮風の中で
勇者モフ。賢者ソース。猫のサバトラ。スズメのチュン太。
3匹と1羽のパーティが旅立ってはや2ヶ月の時が過ぎた。
寂れた商店街の中にある電気店のテレビで、この日が4月21日と知った。ちょうど流れていたニュースでは、任天堂が携帯用ゲーム機を発売したことを報道していた。
説明しよう。
平成元年4月21日、任天堂は初の携帯用ゲーム機「ゲームボーイ」を発売。令和の世からは考えられないが、白黒の液晶画面で動きに残像が残るようなゲーム機だったが、世界中で大ヒットを記録したのである。
ちなみにこのゲーム機を小学生時代に買ってもらったという友人は「俺が視力を落としたのは確実にゲームボーイのせいだ」と自らのゲームのやりすぎを棚に上げて大人になった今でも愚痴をこぼしているのである。
俺たち勇者パーティは、ここ1ヶ月ずっと海沿いの街を移動している。
そもそも、この2ヶ月はなかなかに大変で、実りのない旅が続いていた。
「まずは、旅の目的を『退魔の剣』探しに絞ろうと思う」
旅立ちの翌日に賢者ソースが語ったのは、彼の予知能力について。
彼は同時に複数の予知ができないため「退魔の剣」か「進化の秘宝」のどちらかに絞らなくてはならないという。
退魔の剣に絞ったわけは、単純に戦力の底上げだ。2ヶ月前の多摩川の戦いのように、多数の「魔王の眷属」に襲われたら、このパーティの戦力では心許ない。自称「魔王」の巨大アライグマを倒せたのは、乱暴者くーちゃんのパワーあってこそだった。くーちゃんが現パーティにいない今、せめて攻撃力を少しても上げておきたい、それがソースの言い分だった。
だがこの判断が、今となっては大間違いだとわかる。
まず俺たちは、世田谷から川崎市に渡り、高尾山を目指した。
「高尾山の方向から『退魔の剣』の気配がする」
確かに高尾山は後に日本遺産にも登録される霊峰だ。退魔の剣があると賢者が予知すれば、信じざるを得ない。
だが高尾山の麓に到着して間もなく、賢者は違う予知を始めた。
「ここではない。小田原の辺りに『退魔の剣』のより強い気配がある」
そして苦労して小田原に到着すると。
「鎌倉の方に気配が移動したようだ」
そこから現在、海沿いの街をたどっているという訳だ。これだけ方向が変わると、賢者の予知能力にも少し疑問を覚えてくる。
「ソース様、退魔の剣って自分で移動したりするんですか? それとも誰かが持ち歩いているとかなんですかねぇ?」
ちょっとだけ口調がトゲトゲしかったか。でも、サバトラも大きく頷いているところを見ると、俺と同じ気持ちらしい。
「実はな……退魔の剣と、魔王の痕跡は似通っておるのだ。我が予知していたのは、もしかすると魔王の痕跡かも知れんのだ」
おいおい、いま魔王に会ったら万に一つも勝ち目はないぜ?
でも賢者の予知以外、俺たちパーティには動く指針はない。言われるがまま、今日はこっち、明日はこっちと旅を続けている、というわけだ。
旅のパーティだが、それぞれ役割がある。
スズメのチュン太は食料探し担当。
俺は人間時代の知識を活かして、地理&道路案内担当。
猫のサバトラは交渉役。地元の動物たちに話を聞き、地区の主に話をつけて寝床を確保するのが主な役割。
今のところ、「あっちだ」「こっちだ」と言うだけの賢者が一番役にたっていない。
◇◇◇
長い防風林を抜けると、目の前に陸地と道路で繋がっている島が見えた。
あれは、江ノ島だ、懐かしいな。
人間だった頃は何度も足を運んだことがある。学生時代は友人たちと。サラリーマンになってからは仕事で。結婚してからは家族で。それぞれの思い出が蘇る。
「ソース様、ここ湘南5区の主人はちょっと気難しいと聞いております。すみませんが、挨拶に同行いただけませんかニャ?」
「よろしい、伺おう」
「じゃ、僕は夕飯を探してくるチュン!」
俺はどうしようか。俺の役割は、その日の目的地に着けば終わりだ。
「じゃあ俺は……ちょっと、浜で風にあたってくるよ」
集合時間と場所を決め、パーティは一時解散。俺は浜に降り、目立たないように砂浜の起伏に伏せ、海を眺めた。
時折、強い潮風が浜に吹き抜ける。
江ノ島の西浜、本当に懐かしいな。
奥さんと子供、そしてあの時飼っていた犬のモップとで遊びにきたことがあったっけ。モップが大はしゃぎで海に入って、びしょ濡れになって帰る時大変だったな……
……モップ。
俺のせいで、俺と一緒に多摩川の大水で命を落としたであろう、人間時代の俺の愛犬。俺さえ愚かな考えを実行しなかったら、モップが命を落とすことはなかった。
……ほんとうに、すまないと思っている。心安らかに――
亡くなったモップに伝わるはずもないが、心で強く祈った。
この日は確か金曜だ。時刻は多分夕方ごろ。
4月の海岸にいるのは地元の人ばかり。老人のウォーキング、制服を着た地元の中学生、犬の散歩、そんな人たちがまばらに見える。
通る犬は、当然俺は顔も名前も知らない。なにせこの街に来たばかりだ。
ただどの犬も砂浜が好きらしく、ウキウキした足取りで歩いている。
そんな中、俺の目を引く人物がいた。
俺から30メートルばかり離れた砂浜にただ一人、体育座りで座っている女の子。背格好からすると小学校低学年くらいか。でもランドセルは背負っていない。
一人か、何をしているんだろう? 気になった俺は、久しぶりに集中して、彼女の心を読むことにした。
――いいな、みんな。友達がいて楽しそう――
とても寂しそうな思考が読み取れた。
――お父さんの会社の人、後で来るって言って、遅いな――
――最近、お父さんもお母さんも忙しいし――
――誰か遊んでくれないかな。無理だよね――
次々と、寂しそうな女の子の思考が連なっていく。
よし、わかった。ポメラニアンが遊んだろうやないか! 俺は立ち上がり、ちょこちょこと砂浜を歩いて女の子のところへ移動した。
女の子は俺に気付くと、寂しそうな顔を満面の笑顔に変えた。
「うわー、ポメラニアンだ。白くてふわふわ! おいでー?」
「キャン!」
俺は精一杯可愛い声を出し、女の子にじゃれついた。
「どこの子だろう。ね、一緒に遊ぶ?」
「ワンワン!」
俺は近くにあった流木を咥えると、一目散に女の子のところへ戻る。
「これを投げて欲しいの?」
「ワン!」
女の子が投げた流木は、2メートルほどしか飛ばない。よし、ダイビングキャッチだ。パクッ! うまくキャッチすることができた。
そのまま女の子のところに駆け戻り、流木で女の子の足を切り付ける。佐藤家の姉弟と遊んだ俺の得意技、モフ侍だ。
「ポメちゃん、すごいね! カタナみたい!」
よし、この技はどの子供に人気だな! もういっちょやってやるか。
不意に、強い潮風が浜辺の砂を巻き上げた。数秒、風景が砂で何も見えなくなる。
と、視界が戻ってきた。こちらに向かって一人の男が歩いてくるのが見える。上下ともに白い服を着た、30前後の男性。
「あ! 大林さん、連れてきてくれたんだ!」
「はい。お嬢さんが寂しがってるだろうからって、お母様が連れて行けと」
何を連れて? と思って見ると、大林さんと呼ばれた男性は右手に長いリード紐を持っている。その先にいたのは、茶色い犬。
あれは、トイプードルだ。
平成元年、この時代ではあまり人気のない犬。旅に出る前に住んでいた多摩川18地区や隣の17地区では、ただの1匹も見かけたことがない。最後にトイプールを見たのは、「魔王の使徒」と戦った六本木のテレビ局だ。
そう、あの犬、プーと同じ色だ。でも、プーはもっと小さい子犬だ。目の前に近づいてきたトイプードルは、成犬に近い大きさだ。
不意に、三度目の強い潮風が周囲の砂を巻き上げた。
「いててて、目に砂入った」
思わず大声を上げてしまう。
ちょっとして顔を上げると、プードルの成犬が目の前に立っていた。
茶色のプードルは、じっと俺を見つめたあと、ためらうように話した。
「その声……。あなた、ポメ?」
記憶に残る、かわいらしい声。懐かしい、この声は。
「もしかして、プーなのか?」
俺はあの悲劇の夜に別れたきりのプーと、潮風の中、4ヶ月ぶりの再会を果たした。
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