41 新たなる旅立ち

 その夜、賢者ソースが身を潜めているという廃工場には近隣の主だった動物たちが集まっていた。


 賢者ソース、大猫チャトラン、その配下のサバトラ、そしてウシダ師匠。隣の多摩川17地区からはボルゾイのアレキサンドル、ゴールデンレトリバーのタロウ、そしてくーちゃん。


 あの戦いのあと、アライグマたちは捕らえられ、今はチャトラン配下の猫たちに24時間体制で見張られた檻の中にいる。


 戦いが始まった時、先頭では役に立たない賢者ソースはすぐにくーちゃんを連れ出すため、17地区に移動。ウシダとガスカルの戦いで投入しようとしていたが、くーちゃんの攻撃は避けられたら一巻の終わり。だからこそ、一撃必殺のタイミングを見計らっていたらしい。


「ともかく皆の者、今回はよくやった。あれだけの魔王軍を集めることは、奴らにとってもしばらく困難だろう」


 賢者が語り、皆は笑顔で頷く。


「しかしながら、今回は前哨戦に過ぎないと我は思う。一刻も早く、奴らに対抗する術を見つけねば、今度は勝てる保証がない」


 動物たちの表情が一転して暗いものに変わった。たしかにそうだ。ソースがガスカルを引き付け、俺があらかじめ準備していた唐辛子をぶちまけ、隙をつくったところでくーちゃんが一撃必殺の突進を決めただけだ。


 あれだけ強力だったガスカルだが、ウシダの言葉通りなら、魔王軍の中でも小物にすぎない。次に勝てる保証はないのだ。


「そこでだ。いよいよ勇者モフには本格的に動いてもらわねばならん」


 皆の顔が俺に向けられる。


「本格的に動くとは、具体的に何をすれば……?」

「お主と我。猫のサバトラ。スズメのチュン太。この4匹で、破魔の剣と進化の秘宝を探す旅に出る」


 たび……え、旅?


「ちょ、ちょっと待ってください。俺は、佐藤家の飼い犬ですよ?」


 サバトラも慌てたように言う。


「私も飼い猫です。3年もお世話になった飼い主様を裏切ることなんてできません」

「なら、その飼い主ごと、この世界に災いが起こっても良いと申すのか、貴様らは?」


 災いだと? 魔王と言えば確かに恐ろしげだが、動物を操ることができるぐらいの存在が、人間にも災いをもたらすことができるのか?そんなこと、信じられない。


「お主らは知らんのだ。我がこれまでに見てきた悲劇を。古くは元寇、応仁の乱。近代では関東大震災、そして太平洋戦争。これらはすべて魔王によって引き起こされた事件の一部だ」


 嘘だろ……それらの影に、魔王の存在がいたというのか?

 なら、平成の世に起こる悲劇は……俺が覚えている平成の事件は……


「だが、未来はまだ確定しておらぬ。だからこそ、我らが未然に悲劇を防がねばならんのだ!」


 未来は、確定していない? 本当か? 今までのところは、すべて俺が知っている歴史通りに進んでいるようだけど……変えられるのか?


「いいな、モフ。いずれはまたこの地に戻ってこよう。だがそれまでに、最低でも『破魔の剣』か『進化の秘宝』のどちらかを見つける。これが成されねば、お主の知る平成の悲劇が再び起こってしまう」


 平成時代に起こった悲劇。それは確かに、俺の中にも思い当たることがある。もしあの悲劇を防げたら。少しでも、この世界を平和にできるなら。


 最弱ポメラニアンの俺ができることなら、何でもする。


「わかりました、ソース様」

「サバトラ、そしてモフ。お主らの飼い主については、我がきちんと手回しをしておくと約束しよう。出発は明日の夜中だ。それまで、家族と最後の時を過ごすが良い」


 ◇◇◇


 翌日、俺は佐藤家の家族に散々甘えた。ママさんに飛びかかって甘え、風太くんと室内でボール遊びをし、友梨奈ちゃんと侍ごっこをする。パパさんが帰ってきたら、リビングでテレビを見ていたパパさんのそばで一緒にテレビを見た。不意にパパさんが俺の背中を優しく撫でてくれ、俺は少しだけ涙ぐんだ。


 この家に来て2ヶ月。今度はいつ帰って来られるかわからない。もしかしたら、二度と帰れなくなるかもしれない。

 佐藤家のみんな、ごめん。でも俺、行かなくちゃ。俺は佐藤家のみんなが寝静まったリビングに一礼し、佐藤家を後にした。


 待ち合わせ場所の集会所には、たくさんの動物たちがいた。


「頼んだぞ、勇者モフ。成長を楽しみにしておる」とウシダ師匠。

「お前がいなくなったら寂しくなるのう。達者でな」とチャトラン。


 他にも知り合いの動物たちと次々に別れの挨拶を交わした。

 最後に、ちょこちょこと俺の近くにやってきたのは、黒白チワワのくーちゃん。


「俺のものは、俺のもの」


 おいおい、まだそれしか言えないのかよ。言葉、まだ覚えてないみたいだなぁ。


「でも、お前のものは、俺とお前のもの。がんばれ」


 ……なんだ、少しだけ成長してるじゃん。言葉、言えるじゃん。湿っぽくしたくなかったのに、急に涙が溢れてきた。


「では行くか、勇者モフ。サバトラ。チュン太。さらばだ、多摩川18地区の動物たちよ。必ずや、また会おう」


 そうだ、俺たちの旅はこれからだ。

 いやいや、これは決してテンプレのエンディングではないぞ。


 かくして、1匹のフレンチブルドッグ、1匹のアメリカンショートヘア、1羽のスズメ、そして1匹のポメラニアンは旅立った。


 第二章 完


◇◇◇

 

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