38 魔王の眷属の急襲

 それは2月24日のことだった。

 この日のテレビでは、昭和天皇の「大喪たいそうの礼」の特別番組が一日中放送されていた。


 説明しよう。

 大喪たいそうの礼とは、天皇陛下の国葬にあたる皇室儀礼である。

 平成元年2月24日は公休日となり、都内は雨だったこともあって多くの人がテレビで放送された大喪たいそうの礼の儀式に釘付けとなったのである。


 だが勇者モフことポメラニアンの子犬である俺が住む多摩川18地区では、後にこの日のことを「悪夢の金曜日」と称するほどの最悪な1日となったのだ。


 ◇◇◇


 それは昼過ぎのことだった。

 この日パパさんは公休日なのに仕事らしく、普通に朝出かけて行った。ママさんはあまり大喪たいそうの礼に興味がないらしく、せっかくの休みだからと姉弟を連れ、車でどこかに出かけて行った。


 俺が人間時代、この日に何をしたかは覚えていない。なので俺はせっかくの機会だからと、無人となった家のリビングで、リモコンでテレビをつけて特別番組を見ながら、ママさんが置いて行ったビーフジャーキーをカミカミしていた。


 と突然、リビングのドアが開いた。転がるように入ってきたのは、俺の連絡係となったアメリカンショートヘアのサバトラだ。

 だがその様子は異様だった。

 背中に大きな引っ掻き傷があり、息も絶え絶えだ。


「誰にやられた、サバトラ?」

「モフ様、やられました。アライグマをはじめとした『魔王軍』が大群で、俺たちの拠点である児童公園にいた猫軍団を襲ってきたんです。しかも今日はチャトラン様が動物病院の定期検診で不在。俺たち猫軍団は、すでに壊滅寸前です」


 なんだと? チャトランって飼い猫だったのか。いや、今はそれどころではない。


「魔王軍は、何匹ぐらいいるんだ?」

「正確にはわかりませんが、50匹はいたかと。奴らは各個撃破を狙っているらしく、最初に俺たちが狙われたようです」


 くそ、いつの間に奴らはそんなに軍勢を集めていたんだ? 18地区の猫たちが毎日必死に寝ぐらを探していたのに、全く痕跡すらつかめなかったのに。


「奴ら、多摩川を泳いで来たようです。まさか川崎側にいたとは」


そうか、どおりで寝ぐらを見つけられなかったはずだ。アライグマって泳げるんだったな。


「それで、他の状況は?」

「急ぎ近隣の地区に救援を出していますが、そいつらも何匹かは倒されましたので、救援が来るかはわかりません」

「ウシダ師匠はどうなっている? 賢者ソースは?」


 チャトランがいない今、ウシダとソースがやられてしまっては、多摩川18地区は壊滅だ。しかも今は昼過ぎ、飼い犬たちは家を抜け出すことができないため、犬軍団の戦力は野良犬のみに限られてしまう。


「猫軍団をあらかた倒した魔王軍の主力は、ウシダ師匠が住む多摩川の方に走っていきました」

「なんだと? それを早く言えよ」


 最弱ポメラニアンたる俺が駆け付けても、1匹のアライグマすら倒せる気がしない。だとしても、じっとしてはいられない。


「サバトラ、お前はここで休んでろ。その怪我ではどのみち闘いには参加できない」

「……でも」

「いいから。俺に考えがある。勇者モフにまかせろ!」


 俺のその言葉を聞くと、サバトラは少し笑顔を見せた後、ふらりとその場に倒れ込んだ。胸は上下しているので、意識を失っただけのようだ。


 よし、急がないと。

「俺に考えがある!」と勇ましく言ったのもの、元人間で知恵があることぐらいしか俺にできることはない。こんな時に使えるかもと用意していた、を使おう。


 俺は玄関の猫ドアをくぐり外に出た。そのままアパートの横にある竹林に隠しておいたを咥えると、多摩川に向かって駆け出した。


 ウシダ師匠、賢者ソース、そしてみんな。俺が行くまで、なんとか無事でいてくれ。祈りながら俺は全力で駆けた。

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